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2006/01/31

千駄ヶ谷

生まれて初めてアダルトビデオの撮影現場に立ち会ってから(もちろん仕事)、学生時代にライブでデュエットし、そののちアナウンサーとなった友人とほぼ十年ぶりに一献。きれいな番組Pの計らいで、黒糖焼酎のうまい千駄ヶ谷「がらり」。多種の味噌を舐めながら飲むってコンセプトが粋。週刊誌の新しい企画を練りつつ、地鳥のうまい「きばいやんせ」に移って杯を重ねながら、やっぱり音楽作りの同士としての語らいが最も癒されるんだな。お前も頑張れよ、俺も頑張るからーー的な。ちなみに今週号で登場する「インキキッズ」は僕と後輩・小泉記者のこと。噂の昼キャバでスゴい体験してきちゃったんだ。あとは正月返上で別冊「いい病院」を編集した先輩からのメッセージを。この人の写真も今週号に載ってるからね。

「こんにちは、坂田です。
僕も本当は、正月くらいは休みたかった。家族には白い目で見られるし、除夜の鐘もひとりぼっちで聞いてる状態。三が日の昼食はすべてコンビニだし、夕飯はバイトの学生たちと銀座や汐留で、開店している数少ない店を探し歩きました。
それでもやる気になるくらい、いい本なんですよ。「いい病院」は。健康な人には実感がないかもしれないけど、急に大病を患った時には必ず役立つ本になります。1部でも多く、手にとってほしいじゃないですか。
はじめのうちはY社の似た本が1月25日発売。週刊朝日の「いい病院」は2月末発売。これでは、どう考えてもY社が有利でしょ。それで編集作業を1カ月前倒しして、発売を早めることにしたんです。
休みなく仕事をして疲れたけど、楽しかったですよ。「Yに勝とう」って、現場は盛り上がってましたし。
実際、出来上がった本を読み比べても、「いい病院」の方が断然充実した内容だと思うんです。今、書店の店頭では両誌が並べられて、火花を散らしています。厚労省はこの本のコンセプトの基になっている「手術数の基準」の制度を06年度から廃止すると決めています。「手術数」という客観指標で、医療機関を比較する病院選びのガイド本は今回で最後になる可能性が高いから、保存版としても価値が高いと思いますから、ぜひ一度手にとって見てください!」060131_0152001.jpg

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2006/01/30

新宿

外交官との海外移住のために寿退社するという同業者の女の子の見送る席を、編集部の後輩たちと思い出横丁にて。ギョーザのおいしい「金傳(きんでん)」で腹ごしらえしてから、終電近くまで「アルバトロス」の座敷にて。こんなコースでの合コン構想に「汚いトイレがNG」なんてダメ出しされつつ、綺麗な新妻のエッチな話題にドキドキ。ま、お幸せに。あと現地在住ジャーナリストとして弊誌でスキャンダルを寄せてもらえることにも心から期待してます。060129_2312001.jpg

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2006/01/29

駒沢

短い原稿二本は昨日までに終えて、ライブドアがらみは先輩が原稿をまとめてくれるので取材メモだけ送信。今日は東急東横線・都立大から歩いて駒沢周辺。いい風景だね、とても。直撃ついでに少し散歩してビール、じゃなかったパスタとコーヒー。取材相手への手紙もこういう店で書いたりしてね。辺りはマンションかと見違えるような一戸建て多数。ベンツも多数。ポルシェは二台、セルシオ一台。まあ少なくとも住みつくような縁はなさそうだ。そこから転戦した恵比寿では、学生時代に彼女の会社近くで昼休みを待った公園を偶然に見つける。中を通り抜ける。シャッフルモードのアイポットが懐かしいスピッツのナンバーをたまたま選曲。青い空は気持ちいいけど、取れ落ちたままのコートの第三ボタンから吹き込む風が、腹を直撃して冷たい。060128_1146002.jpg 060128_1245001.jpg

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2006/01/28

聞耳

直撃の待機中に喫茶店に寄ったところ、ついたての向こうで仕立ての良さそうなスーツを着た中年男が携帯電話であちこち指示。「待て、もう少しで動きが出る。○円になったら売ろう」「●社がトラブルだ。大口の入金が確認できなくてモメてるらしいから調べてくれ」「●社の資金ぐりの悪い噂が兜町で流れてる」「おい約定はまだか。こっちは急ぎなんだよ」。間もなく「社長」と呼ばれる大柄の男が現れて「ヘマ」「検察」「パクラレた」という言葉が飛び交うので固有名刺をメモし始めたのだけど、残念ながら「ホリエ」とか「ミヤウチ」とかいうキーワードはナシ。そのあと永田町の議員会館の食堂では、若い議員秘書の男が女の子に「僕がアメリカで特に許せなかったのはステーキにコメじゃなくてパンがついてきたことなんだ」って熱心に語ってるんだけど、ま、こっちはどうでもいっか。「ライブドアについて情報提供を」と編集部に電話してきた北陸地方の男性はやがて、百分三万円のソープランドで「カネが必要なの」と催促する女の子への小遣いも含めて一年で1500万円も注
ぎ込んだ経緯を打ち明け、さらには性病の治療に大変な苦労をした体験とともに「脱税してるはずなのに政治家に献金したソープだけ捕まらない」と力強く訴えるのだ。警察の捜査に政治家が関与してるなんてことが事実なら見逃せないので、誰か詳しいカラクリをご存じの方はぜひ一報を。060127_1433001.jpg

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2006/01/27

活字

やっと今日中の原稿をほぼ書き終え、帰りの車中。とりあえずフリーカメラマンからもらった今年のスゴかった年賀状を。初めはこれ気付かなかったんだけど、葉書の幅が微妙に厚いのでジックリ見てみたら、ほら、ぜんぶ手書きなの。「インクジェット紙」の文字まで。番号を深緑色で書くという細かい芸当も。プリントしたような精巧な字で「あの日あの居酒屋で出会えたのは必然でした」なんてカッコイイことまで書いて。こんな魅力でもって付き合う人を夢中にさせるんだな、この人は。見習いたいけど、真似できない。おまけに八年前に買ったっていうバカでかいピッチまで持ってるの。これだけで興味が沸々と沸き上がってくる人は、きっと僕とも気が合うよ。060117_1647001.jpg

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2006/01/26

早稲田

入社して間もないころ、たまたま読んでた「日刊スポーツ」の一面がサッカー選手の海外移籍でね、その選手の回りを歩くぶらさがりの記者陣の中に、なんと僕の初恋の人が写ってたんだ。おー。すぐ彼女の家に電話したらお母さんは覚えててくれて、彼女はスポーツ紙の記者になってるんだって。一人暮らしの連絡先を教えてくれたものの、あいにく留守電で折り返しの電話もなく。それから二年間の盛岡赴任を経て一昨年秋、たまたまプロ野球の再編問題を取材中に、今度は別のスポーツ紙の一面で彼女が野球選手のぶらさがりをしてたの。さらにテレビの中にも見つけてさ、これから選手会長の会見が始まるっていうホテルの会場に彼女がいたから、すぐ駆け付
けてしまったのが七年ぶりの再会となって「結婚した?」って聞き合ったりもして。ふう。手を繋いだこともない彼女とのわずかな思い出を噛み締めながら、かつて歩き慣れた早稲田通りで取材相手への直撃の機会を窺う午後11時。さっき取れて落ちたコートのボタンを、縫いつける技術もなく元に戻せない。さらに冷たい風が、目にしみて滴を作ってしまうんだ。

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2006/01/25

高田馬場

今日はドタバタで大変だったうえに泣けたよ。昼間から潜入取材でちょっとだけビール飲んで、その臭いを気にしながら偉い上司と「就職説明会」打ち合わせ。こんど喋るんだってさ、弊社に興味のある八百人の学生たちに。「仕事が楽しそうに喋って」って頼まれたけど、僕なら嫌なとこ全部きかせて納得できる人だけ受けてもらったほうが頼もしい人材に恵まれるんじゃないかって思うな。いや、ホリエモンと合コン経験のある女学生とか、そんな出会いにも期待しつつ。あちこち電話で取材の申し入れをしたあと、夕方の銀座を通り抜けて中国による台湾の軍事統一を危惧する大学教授の勉強会、急きょ退出してライブドア新経営陣の会見。新社長は人の良さそうな顔だね。乙部さんもテレビで見るよりずっとキレイだったけど、居合わせたライブドア女性社員がみんな美しいってのは不思議。新経営陣が頭を下げるのを見て泣き始めた子もいてさ、胸が痛む。会見の途中で大御所のネタ元から着電。スキャンダルを期待して駆け付けたものの、チェーンのコーヒーショップで二時間半も待たされた挙げ句にキャンセルに。はあ。高校二年のクリスマスイブに好きだって言えなかった初恋の人が昨年12月に結婚してたという一報を受けてめまいを覚えながら早稲田方面へ、大学時代の仲間を呼んで午前0時の高田馬場「丸八」、苦い思い出を吐き出しながら。当時は公衆電話からデートに誘ってたんだけどね。はあ。やがて仕事モードに戻って途中から来店したフィクサーと有名アイドルのスキャンダル写真について話し合い、かつて彼女と手もつなげなかった僕は若き現役アイドルのハレンチな所業に憤る。私憤とも義憤ともつかない原動力でもって明日もがんばる。060124_1747001.jpg 060124_2003001.jpg

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2006/01/24

北千住

入社来カノジョのいない後輩K記者と昼間から歌舞伎町、なぜか綾瀬でも散財して一杯、二杯。潜入取材とはいえ楽しかったなぁ。ホリエモンの事情聴取が始まったころには綾瀬のガード下「立ち呑み江戸っ子」で打ち合わせ。「結局なにを悪いことしたのかよく分かんねぇなぁ」という大衆の声を聞きながら、レモンハイ二杯につまみ三品で800円だったよ。夕方からオヤジ編集者ふたりとディープな街を飲み歩く月例会で、すぐ隣の北千住の大衆酒場「大升」集合。うまい鯵の醂干しを噛み締めて三人で2600円。なかなか入れない近くの串揚屋「天七」で4600円。常連客が勧める若どりがいい。南千住「大坪屋」でどぜうを味わい、三人で1600円。さらに御徒町に移って「佐原屋」で4050円。ここはハゼ天と辛みのあるポテトサラダがうまい。最後にエビスの飲み屋でひとり噛み締めたのは、オヤジが言う「物書きはとどのつまり観察力だよ」って。マルシー・カイコウケンだって言うんだけど、ホントかな。ま、どっちにしても僕は僕なりに頑張るよ、今週もまた。アノ人もついに逮捕か、忙しくなりそうだ。060123_1750001.jpg 060123_1807001.jpg 060123_1832001.jpg 060123_1919001.jpg

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2006/01/23

堀込高樹

起きたらもう13時半。洗濯だけして飲む相手なく、でもフットワークの軽い気分。ひとり大井町に行こうか思い出横丁に出ようか迷った挙げ句、結局いつものエビスを歩き回り、心くすぐられる店もなくて自宅近くの行きつけへ。本屋で買った高橋呉郎「週刊誌風雲録」を読みながら一杯、二杯、三杯。レコードショップで買ったキリンジ・堀込さんのソロアルバムのジャケを開くと、学生時代に何度かいっしょにライブした先輩も演奏してる。うわぁ。好きなことに励んで楽しむのと、生活の糧をかけて生み出すのとではだいぶ違う。人の心を動かす力はどちらの音楽にも宿るとは思うけど、やっぱり本気度による後者の気迫こそ音楽が受け継がれる意義としてはホンモノだと思う。敬意を持って。その歌のとおりビューティフルだ、この新しいアルバムもまた。060122_1943001.jpg

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2006/01/22

バニラ

自分の知らない世界がまだたくさんあるんだって思い知ったし、自分の知らない音楽もたぶんいろいろあるんだと分かったよ。深夜の校了を終え、情報提供してもらいたい女の子に誘われて六本木のクラブ「バニラ」の二周年記念イベント。可愛らしい女の子たちと洒落た男の子たちがキツいディスコビートにノッて、パラパラと飲み会のコールを進化させたような踊りに熱中。ノレないけど、ちょっと楽しい。ゲストには土屋アンナ登場!てっきり梅宮アンナかと間違えて写真とっちった。モデルなんだって、土屋のほうは。経堂在住で霞が関の役人だという酔った女の子が声をかけてきて談笑。おー、これが逆ナンかと錯覚してドキドキしてたら職場の同僚(男)がサッと迎えに来て恋の芽を摘んでゆく。いや確かに社会勉強にはなったけどね、人が多すぎて肝心のソースは見つからず。ひとりタクシーで戻って自宅近くの蕎麦屋。こっからはいつものコース。呼ばれたらまた行っちゃうけどね。060122_0051001.jpg 060122_0159002.jpg

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2006/01/21

愛知

今日も計六時間くらい電車に揺られ、愛知県内をあちこち徘回。今週は移動距離がスゴいんだけど、移動時間も長いから取材のほうはまあまあ。こっちの地下鉄はなかなかピッチが通じないしね。夜に東京に戻ってからは宗教家みたいな人と面会。終えて最後に門前仲町で大江戸線に乗り換えてようやく出社、と思ったら反対方向の電
車に乗ってしまう。次の清澄白河駅は階段を上らないと反対のホームに行けなくて、12分もロスしてスゴい疲れた。はあ。おまけにさ、ときどきキヨスクで380円って時に小銭が379円だけあるって時あるでしょ。今日だけで二度もあってね、日曜に飲んでて小銭入れをなくしたみたいでポケットにそのまま小銭を突っ込んでるから、苦
しくも999円になってしまう重みがさらにリアルに感じられ、僕の疲労感をさらに強めた気もする。例によって原稿はまだまだ終わらない。それどころか取材もまだ残ってるんだ。ふう。060120_1043001.jpg

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2006/01/20

岩手

電車を乗り継ぎ、八戸から「はやて」で岩手を縦断。盛岡以北は初めて通ったけど、八戸も含めて車では何度も走った土地だから、懐かしくて仕方ないんだ。当時の二戸署の幹部には昨年暮れにもお歳暮に岩手川の大吟醸を送って頂き、そういえば今の岩手署幹部とも年賀状だけは交してる。新聞で「座敷童子と会った」という今では信じられないようなルポを残した旅館がある山のすぐ脇を通り、真面目なオジサンが妻の看病に疲れて珍しく酒を飲んで登校児童の列に突っ込んだ商店街も栄えることなく残っていたし、吹雪の中で同期の仲間を乗せた古いスバル車が壊れて立ち往生した安比も見えたし、新駅の設置計画を知った村幹部が土地を高く転売したと噂された
駅も通過して、彼女と並んで歩いた道すがらに当時から噂されてた大型スーパーが実際に開業してるのを確かめるうち、こんな盛岡以北の思い出だけで涙がこみあげてくるんだ。そういえば岩手の新聞紙面で何度か取り上げたさんさ踊りチームには僕も五年連続参加してるんだけど、リーダーは今日、天王洲の港から世界旅行に出かけ
るんじゃなかったっけ。今年もさんさに行けるかな。仕事のことだけで言えば、北にいるより沖縄にいたほうがよかったみたいだけど。060119_1341001.jpg

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2006/01/19

駅弁

貝焼きうにの大漁浜めし。栄養なさそうだけど、うまい。060119_1302001.jpg

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下北

横なぐりに吹く雪の中を、飛行機が太平洋側の海岸の上を越してスッと空港へと滑り込む。滑走路にも雪が積もってるし、こんなんでよく運転できるなと感心しちゃう。夕方まで霞が関で取材してたから、空港からバスで二時間も走ると、外はもう真っ暗。のはずが、六ヶ所の空は赤く燃えてた。車窓から一瞬だけ異様な威厳をもって
姿を見せたのは、高レベルの廃棄物処理施設らしい。頑強な塀に囲まれた向こう側で、背の高いバベルの塔のような三角形の周囲から、モクモクと灰色い煙が立ち込める。映画で描かれる近未来の風景みたい。もうちょっと勉強してから来なくちゃな。ごめんなさい、夜の街については割愛。060118_2129001.jpg

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2006/01/18

葉山

に取材に出て海でビールでも飲んで帰って来ようと思ってたのに、急きょライブドアの取材を任じられて大わらわ。何か知ってるかもしれない人たちやネタを抱えてそうなところにあちこち電話したりメールしたり取材を申し込んだり。自然な流れで深夜には経済部記者と一献。株の大量取得に伴う事前合意の有無や大量株式分割自体
の孕む問題について、東洋経済を除くマスコミがなんで昨春の時点で強く書かなかったんだと愚痴るうちにこんな時間に。そんなわけで、あらゆるたぐいのライブドア関連の情報提供を求めます。もちろん匿名で構いません。メールにてお寄せください。ところでトラックバック頂いた「塩竈で暮らす。」ブログ。渋くて好き。僕も十
年後には妻子とともに東北か九州の田舎町で暮らし、村長のスキャンダルなんかをゆっくり追い掛けるような暮らしに強く憧れてるんだ。どこの町になるかは分からないけど。さて、また出かける準備をしないと。新しいカバンを持って。

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2006/01/17

六本木

法律事務所で民事裁判の取材。鼻水が止まらなくて、備えてあった会議室のティッシュでかみまくり。同席した司法修習生がサッとゴミ箱を近付けてくれる。きっと素敵な弁護士になりますよ。ホリエモンへのガサの一報とともに、飲む約束の場を急きょ六本木に変更。ヒルズの前で、あーどうもどうも、なんつって挨拶する人たちはみな仙台からの転戦組。今週も忙しくなりそうな雲行き。ああホリエモンと一献やりたい。060116_1921001.jpg

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2006/01/16

たらちり

別れたカノジョがかつて誕生日に贈ってくれたセーターをまとい、ちょっと神保町まで。自分で自分のために買うリュックとズボン。どっちも仕事の出張用だけどね、このごろ多いから快適さを増すための二品。夜は季節を噛み締める食の会でたらちり鍋。いつもの倍の人数で囲んだから、さらに体が温まってゆく。気持ちも。みんな、あり
がとう。幸せ。狙ったわけじゃないけどね、楽しかったな。乾杯、そして今年もヨロシク。心から。060115_2221001.jpg

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2006/01/15

年賀状

未明に久しぶりに帰った築30年近い一室は、チョー寒くて冷蔵庫のビールを取る気も失せるくらい。ベッドも冷えきってて、眠気すら吹き飛んでしまうくらい。東横インのほうがずっと快適だったわ。はあ。優秀な後輩に手伝ってもらったおかげで校了も早く(22時くらい)、さて某新聞社員主催の飲み会に行こうか迷いつつ、何だか根
拠もなく気が弱って新しい人と会う元気もなくなり、自宅近くでホッピーと読書。ふわっと自分のためにこそ流れる時間とともに、でもこんなふうに31の誕生日を迎えてしまった。さっきまで赤ちゃんの誘拐犯を「寂しい人生」なんつって書いてた僕の日常だって意外にけっこう淋しいんだ。そういえば自宅宛ての年賀状で「転居先不
明」とスタンプされて返送された年賀状が少なくとも二通あることが判明。これも民営化に向けた効率化の歪みじゃないかと疑いたくなるんだけど、僕はまだ引っ越してませんヨ。念のため。060114_2241001.jpg

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2006/01/14

お便りクラブ番外編

今日も仙台で最後の「直撃」を果たして帰京。9日ぶりの編集部には年賀状もたくさん届いてる。今さらで返事を書けない方、ゴメンナサイ。かわりに、年賀状に紛れて見知らぬ男性から届いたハガキを全文掲載。
「こら、トモヤ……知也って、トモヤって読んだらいいのかな? 細木先生が3時間もしゃべったのに、よくもたったの3ページに納めてくれたな!! 朝日週刊なんて読んだこたァないんだが、電車内のポスターにつられて買ったよ。こら、トモヤ(トモヤでいいのかな?)、文章うますぎないか?小説じゃねエんだからよオ。それに、ホメ殺しはねエだろ、『ホメ活かし』だろ。細木数子はもう、何もいらないから、ホメ殺しにすることがないんだよ。中そねやすひろとか、宮沢喜一のレベルにあるんだよ。卵はダメだろ。でも、あんまり考えると食うもんなくなっちまうからな。週刊朝日は名刀だと言われてんだから、そうしなよ。111巻なんだね。驚いたね。朝日系には他にもあるんだろうから、週刊は週刊大衆なみのチープなパッケージにしていいんじゃないの?」
たぶんホメられてんのかなぁと勝手に受け止めて読んだけど、丁寧に住所まで記名されてるの。仮に匿名であっても苦情であっても、記事の中身を読んで寄せてくれる意見は、ありがたく拝受。以前に受け取った「藤田記者を北朝鮮に追放する会」のハガキだって、記事を真剣に読んでくれてる風がうれしかったから。名前の読み方は「トモヤ」で合ってます。今後ともよろしくお願いします。060113_2350001.jpg

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2006/01/13

塩釜

かつて現金を手にしたマグロ漁船の九州男児たちで繁栄した塩釜の飲み屋街は、船乗りが九州人から外国人にと変わってきたことで通称トルコ風呂も消え、今も飲む店が多いわりに人気がない。駅前のホルモン焼き屋「ひょうたん」はカウンターの一人ひとりに七輪が付いて酒類は二百円代、肉は五百円代と安くてかなりディープだったけどね、僕はといえばフィリピン人が働く店をはしご。さらに仙台に戻ってからも自腹でフィリピンパブを渡り歩き、中には「きのうフライデーも来たよ」なんて店もあったり。考えることは同じなんだな。それにしても、どの店もチークダンス踊ってるオッサンでいっぱいだった。このたぐいの風俗の魅力はまだ、三十の僕には見い出せていない。060112_1655001.jpg 060112_1630001.jpg

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2006/01/12

仙台3

仙台は確実に三大ブスの町だって、かつて盛岡から仙台に進学した過去のある同級生は自信を持って主張してたんだ。その話を僕はそのまま東京で言いふらしてしまったけど、容疑者が過去に住んでた民家の隣の娘とか、いやいや仙台の街をゆく綺麗な人がたくさんいるじゃないか。果たして彼女たちは秋田や盛岡から出てきてるのか、それとも仙台の女性たちに何か変化が起きたのか。今夜は仙台に再び出てきて三年になる、かの同級生と杯を交してみたら「オレが間違ってた。仙台の女性もキレイだった」だって。でも食べるものには物足りなさを感じてるみたい。これは店を知らないせいなのか、あるいは水道水のせいなのか。まあいいや。今日の夜は魚が主役の一番町「まるさんかくしかく」、そして長屋風の座敷「タイムレスフレーバー」。後者はボノボなんか流すような、音楽のセンスもよし。そういえば宮町っていうディープだと噂の飲み屋街もあるらしい。次回はそこも攻めてみたい。060112_0105001.jpg

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2006/01/11

仙台2

週末にタイへと巣立つ友人の送別会を幹事としてセッティングしておきながら、今日もまだ仙台。笹かま届いたよーって楽しげな留守電だけ聞いてさ、でも、かけ返すと寂しくなりそうだから、そのまま無視して仕事を続けたりして。それでも寂しいから、再び盛岡時代の仲間と夜23時からの国分町。寒ぶりの刺身にタラチリ鍋を。

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2006/01/10

仙台

零下三度の杜の都にやってきて、今日も運を味方にナイスな取材。事件ぜんぶ見えた気もした。まだ月曜だというのに、頑張りすぎたかも。夜には盛岡時代の同期と三年ぶりの一献。060109_1639001.jpg

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2006/01/09

ライブ

今日はどうしても東京を離れられなくて。心優しい編集長たちにそう言い訳して向かった先は、中央線某所のライブハウス。後輩らのバンド(写真)とともに、自らの企画で自らも歌う11曲。胃カメラのネタはMCでウケたけどね、でも心ここにあらずで、仕事のことばかり考えてしまった。あと体のことと。今日はウッチンハイをゆっくり飲んで、明日からの戦いに備えます。そうそう、パソコンに向かう暇がなくて、メールの返信が遅れ気味。関係者の皆さま、ごめんなさい。060108_1607001.jpg

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2006/01/08

胃カメラ

まさしく死ぬ思いに遭った。待合室でパカパカ注射が打たれてゆくのを目にしただけで気絶しそうになったけど、おじいさんが余裕の顔で出てくるのを見て何とかなるかとも思ったのもつかの間、そこから続いた同年代の男3人が地獄絵図を繰り広げた。胃へと流し込む液状の薬は大したことなかった。注射も思いのほか痛かったけど、我慢できた。喉の麻酔はスプレーかと思ったらゼリー状で「喉の奥に5、6分置いてから吐き出して」だって。いやいや、だいたいボクの不安が最も大きかったのは、歯医者なんかでもオエッてなっちゃう「吐き線」が敏感で手前のほうにあることなんだ。そもそも昨日の内科医が胃カメラの予約表をおもむろに渡すだけで何も説明してくれないから、食事制限とか注意事項とかは病院中を取材して回ってやっと知り得たくらいで、吐き線の緩さなんて相談できる相手がいなかった。ようやく打ち明けたオバサン看護婦が「最近の若い子には多いのよね」と言うだけに、最初のネルシャツ男は1分くらいでゲホゲホと音を立てながら飲み込んでしまい、2番目のメガネの男は2分くらい我慢してから洗面台に駆けだして吐き出した。あんなんで麻酔は効くのかなぁと眺めてたボクも、喉の奥に持ってこうとしたら1分でオエーッてなって吐いちゃった。そのとき、処置室のほうからネルシャツ男の強烈な嗚咽の声が待合室に響き渡った。もう逃げたいよ、マジで。中から出てきたネルシャツ男の顔は、目が赤く腫れてて泣いたみたいだった。うわ……。続くメガネ男は、待合室で何ともなさそうな顔をしてたくせに、処置室ではさらに大きなオエーッ、ゲゲゲゲーッと壮絶な嗚咽。嗚咽っていうか、食道の奥底から吐き出そうという底深い「ウォエーッ」。しかも、ずっと続く。その時にボクはすぐ隣の処置台に寝させられ、新たな液状の麻酔薬を飲まされ、オバサン看護婦に慰められた。「隣の人も大変よ」。言われなくたって分かるよ。はあ。胃カメラは、まずO字の轡を上下の歯で噛まされる。その中に直径1センチ近い筒状のカメラを入れてくんだけど、やっぱりノドチンコのあたりで強烈なオエーッに見舞われるんだ。ワワワッと、あんまりひどくてカメラが抜かれる。「本当に無理そうならやめるけど、せっかく来たから、もう一度だけ入れてみよう」と言いながら、先生がまた突っ込む。すぐに極限に達する。「無理!」って叫ぼうと思ったら、口の轡と強烈な吐き気でオエーッとしか鳴らない。首を振ろうとしたら「危ない! 触ったり動いたりしたら危険だよ!」ギャーッ。手を口に持ってこうとした途端、今度はオバサン看護婦が若い看護婦に「その手を握ってあげて!」って、いや無理だって、ムリムリって心の叫びは、激烈なオエーッとしか鳴らない。肩に力が入ってるせいか「目を開けて!」って言われるし、見れば黒いカメラが口の中に入ってきてて想像するだけでまた吐き気がするし、先生は「これは相当だね」「はい胃に入ったよ」「ほら十二指腸まで来たよ」なんて要らぬ解説を挟むし、こっちはゲホゲホ言いながら、やっと呼吸できるようになった時に「5分」が過ぎたみたいで、地獄から抜け出した。洗面台の鏡に映った自分の顔は、見たこともない泣き腫らした目に変わっていた。診断は「ほら、これが写真。非常にきれいな胃ですね」で終わり。えー、なんだよ。もう2度と受けたくない。胃カメラのいち早い「進化」を強く祈るしかない。

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2006/01/07

病院

結局、周囲の忠告に従って渋々に病院へ。内科医にプッと笑われたよ、「ノロウィルスは吐き気もあるの、ないでしょ?」だって。固く目を閉じて、苦手な注射。じゃなかった、採血。看護婦にも笑われる。レントゲンに、CTに、それで何とかの数値から「腸のあたりに炎症があるのは確か」となって明日には初の胃カメラ。イヤだ
なぁ。聞いてみたら、今度は本物の注射があるんだって。しかも肩に! エーッ、死なないかな。急に仕事が入ったとか言って、逃げようかどうしようか迷っちゃうよ。あいにく午後にピアノ教室が入ってるだけなんだけど。おまけにガンマジーテーって数値が106で「飲み過ぎ」なんだって。パソコンの画面がそこだけチカチカ赤
く点滅してた。はあ。夜は九時に食事を打ち止め、ワインをグラス三杯だけ、あとはウーロン茶を飲んで帰ってきた。自分の体は強いって、どこか過信してたんだ。完璧に自信なくした。

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2006/01/05

大久保

とうとう夢の中にまでかつての女児誘拐殺害犯が出てきて、対峙してしまった。どうなってんだ、気が弱ってるときに。三日も続けて飲まなかったのがいつぶりなのか、よほど仕事に追われた時期があったかどうか、もう思い出せないくらい。今日も緩やかに仕事をしてから、記者二ヶ月目に取材した相手と会食。ビールは一本だけ、
思い出に耽りながらのガムジャタン。体に良さそうだけど、具合は芳しくない。それにしても東京も寒いね、この冬は。060105_2008001.jpg

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2006/01/04

復帰

何とかベッドから起き出し、編集部に向かう。次の企画も決まったから、こういう時は働いたほうが元気になるんじゃないかな。年賀状やメールの返事だけでだいぶかかって、本の注文とか資料集めくらいしかできず、読むのはまた明日かな。まだ23時だというのに地下鉄はもうガラガラ、みんな明日から仕事なのかな。だけど編集部
には正月も休まず働いてる先輩もいてさ、ずっと明かりがついてるんだな。今日も早く横になって明日からまた頑張るよ。何だか自分の行動がぎこちなくて、まだ自信が持てないから。はあ。ちょっと腹が痛い。060104_2258001.jpg

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2006/01/02

実家

また体の調子が悪化。熱が出てきて、腹痛に。寝ます。060102_1611001.jpg

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2006/01/01

初夢

むかしむかし、女性を拉致しては売春宿に売り飛ばすという賊がいて、家族や恋人たちが刀を持って取り返しに行っては返り討ちに遭うという隠れ家に、なぜか僕が後輩とふたりで偵察に。証拠を撮ろうと狙ううち、バズーカーを手にした大男が後輩を銃撃し、やむなく一人で逃げた僕は海へと飛び込む。沖へと泳ぐと、なぜかブランドバックを売る船上店舗が。そこで隠れていたら、銃を持った賊の一味がやってきて、僕はトイレで待ち伏せをする……なんてB級映画のシナリオのようだけど、僕の初夢はこんなだった。途中で3回くらい死にかけたのをやり直したような気も。どうなっちゃうんだ、今年は。不安でいっぱいの始まりです。

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