編集部
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手が抜けない性格なんだな、きっと。悔いが残らないように夕方からお巡りさん宅を回って、ぼちぼちの成果で、ようやくの晩ごはんだ。
これも前編集長の受け売りだけど、仕事の過程からはできるだけ「ま、いっか」を排除したほうがいいって。
その通りだと思うんだけどね、たぶん、仕事から生まれるイライラやクヨクヨには「ま、いっか」と流していく術も必要なんじゃないかな。そんなことも思う。
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今朝のフジテレビの情報番組で、疑惑の占師の独占インタビューがたっぷりと放送されていた(正確には”元占師”という肩書にしていたね)。月曜日の担当の中には、事件現場で特ダネを摑みまくった伝説を持つおっかないディレクターもいる。今までは笑顔で称賛を送りながら、砂を嚼むような思いで、こういう放送を眺めてきた。いったいどうやってオトしたんだ、と。今日もいくらか苦みがこみ上げてきて家を出られなくなったのだけどね、そうだ、もう今週でこの競争から離脱するのだ。その感慨のほうが大きかった。
ディープスロートをどう落とすのか、その戦略の立て方について考えてみたい。この辺がたぶん技術編のまとめどころだ。
常道たる手口は、二つに分けられる。
第一に、ディープスロート本人に対して直接、当たってお願いするやり方だ。
第二に、ディープスロートに対して影響力を持つ人物を見つけ、その人物からお願いしてもらったり仲介してもらったりしてインタビューを実現するやり方だ。
どちらにしても外せないのは、本人に直接、きちんとお願いすることだ。
手っ取り早いのは、張り込んで直撃し、面と向かってお願いすることだ。その場の一問一答で終えるなら、流れで取材になだれ込んでいく手口もある。お話を聞かせてください、と土下座して頼み込む記者も見たことがある(レアだからこそ目に焼き付いている)。
顔と顔を合わせる場面を、いかに作るかも記者の技術だ。出かけや帰宅を狙った張り込みが基本で、ばったり会えた場で敵対的な直撃を仕掛けてしゃべらせる手法もあるみたいだけど、これまで書いてきたように、非礼をまずは詫びてから話を聴きにかかるほうが、確率としては相手を摑みやすいと僕は思ってきた。
呼び鈴を押し、電話を入れても反応がなく、留守や閉じこもりに陥っている場合には、あるいは取材を断られた場合であっても、それが本当に話を聴きたい相手ならば、きちんと手紙で気持ちを伝える。
時間がないときには、名刺の裏でもいい。返事がなければ、時間ができたときに改めて手紙をしたためたらいい(上司の許可も得ずに自由に手紙を出せることも、現場をある程度「任される」週刊誌記者の特権かもしれない)。
いったいどんな手紙を書いているんですか
よく後輩から聞かれるのだけど、まったくもって、たいした手紙を書いているわけじゃない。みんなが知っての通り、字はすごく汚いしね、下手なのを太いサインペンで味わいがあるように見せて何とかごまかそうとしている。他の記者がどんな手紙を書いているのか、本当はそっちを教えてもらいたいくらいだ。
内容は企業秘密、なんてことはもはやない。
ほとんどが、これまで書いてきたとおりのことだもの。
まずは非礼を詫びる。近所をお騒がせしていたら、そのことも詫びたらいい。
お見舞いの気持ちも伝える。被害者の家族はもちろんのこと、容疑者の家族であったって、犯罪に何か加担した共犯者でない限りは、降ってわいた「突然の出来事」に見舞われるという不幸の渦中に対面したところだ。
そして、本題。
こんなタイミングで大変に恐縮ではあるけれど、でも、どうしてもお話を聞きたくて、こうして手紙を差し出していること。
いま起きている事象について、自分がどんなことを感じ、そして、いま手紙を差し出す相手が、マスコミを通じて世の中に言葉を発することが、どれだけ意義のあることなのか、自分なりの考えをしっかりと記す。
辛い気持ちでいるところへ誠に勝手なお願いをして重ね重ね恐縮だけど、どうかご協力いただきたい、できれば携帯に電話を入れてほしい。
手紙の締めくくりには、死者の冥福、容疑者の更生、そして何よりも取材相手も含めた周辺者が、穏やかな暮らしを一日も早く取り戻せるよう祈念する。
これだけだと思う。
本題の中身は、ケースバイケースだけど、取材の成果によって変わってくるところもある。口説こうという相手がどんな性格で、どんなことに興味があり、どんなことを考え、どんなことに悩んでいるのか、その佇まいを知っていればいるほど、手紙の中身も迫力を増していくものだ。
誰がどこでどう話し始めるのかは、誰にも予想できない。様々なパターンがある。
まったく何も発信していなかった人が、最初の直撃で一気にしゃべりまくることもある。最初の直撃で家に引っ込んだものの、そこで初めて「しゃべったほうがいいかも」と考え始め、次に来た別の記者に話し出すこともある。警察の事情聴取によって2日間は対応できなかったのが、3日目から対応してくれることもあった。正当な理由もなく警察が口止めを図ることも少なくない。あとは警察の口止めを無視してまでの正義感が沸くか、それでも話すべきだという境遇に見舞われるか、そうしたタイミングを待つかけ仕掛けるかするしかない。
もちろん、手紙を差し出してから、いくらか月日が過ぎて、初めて連絡が来ることもあった。
週刊誌の場合、ディープな人が初めて告白する内容がディテールを含むものである限り、それは月日が過ぎていても価値のあるものだと判断して誌面を割くことができる。
話を聴きたいディープスロートを見定めているときには、その人に対して影響力を持っている人物を見つけるのも定石だ。仲介者になってくれる可能性のある人物、と言い換えてもいい。
家族や親戚である場合もあるし、会社員であれば上司とか、少年であれば親友やおっかない先輩とか、ディープスロートが信用できるであろう人物に、取材に応じていただく「意義」をしっかりと伝えることだ。手紙を託す、という方法もある。
2007年の秋、香川県で幼い女児2人とその祖母が自宅で殺害される事件が起きた。
たしか兵庫で別の事件の遺族と酒を飲んでいて、翌朝一番の特急電車で現場へ直行したのが土曜日だった。
女児らの兄と両親が留守中に3人が血痕を残したまま行方不明となり、土曜日には父親が困憊のまま現場の状況を報道陣に解説してくれたのだけど、日曜日からは自宅に閉じこもり、ひと言も発さなくなった。あとで知ったことだけど、友人から「テレビはお前を犯人みたいに報道しおるぞ、もうマスコミに出んほうがええ」と言われた結果だった。
そうとも知らず、もっと話が聞きたいマスコミは、土手沿いに立つ被害者宅を早朝から深夜まで取り囲んだ。大量の血痕だけで肝心の3人が行方不明のまま、なかなか容疑者すら浮上しなかったことも、ワイドショーがヒートアップするのに一役買った。
もしかして家族が……との疑念がお茶の間で渦巻くのは、決して珍しいことではない。しかし、このときは民放局の情報番組の大物司会が、父親の行動を暗に疑うような物言いをして話題にもなっていた。
週が明けてから、マスコミの報道に憤る人物を見つけた。しかも被害者の父親が頭を下げる地元の大先輩だ。
そこからは、話が早かった。
次週発売号で父親がマスコミに犯人視されている現状も伝えます。だから、父親に時間をかけて話してもらいたい。「俺は犯人じゃない」と語るのならば、それも責任を持って誌面に反映させますよ
これはたぶん週刊誌だからこそ、責任を持って果たせる約束だ。建前ではなく、本音ベースのメディアならではだ。
金曜日の夜に落ち合う約束を取り付けた。相変わらず報道陣が被害者宅を取り囲む。それどころか、父親が車で出かけるたびに、報道陣の車やタクシーが追尾して回った。ガソリンを入れる父親にテレビカメラを向け、ライトを焚いたクルーもあった。この人が逮捕されたときに、少しでも素材を集めておきたい。そういう本音を内包していた記者もいたに違いない。
父親と携帯でタイミングを計りながら、レンタカーで土手の上を被害者宅まで近づいた。被害者宅から上ってくる入り口の手前で、父親が運転する車を目の前に行かせた。車が一台しか通れない土手の上で、後ろから報道陣の車が鈴なりになるのを引き連れ、しかし、途中からノロノロと速度を落とし、父親の車が信号を通過して遠のくのをやり過ごした(同業者からのクラクションを聴きながら)。
顰蹙を買いながらも尾行されないのを確認して、海辺の港で父親と待ち合わせた。車の中で話を聴くこと100分。翌週の誌面には、ただでさえ家族の安否が分からない父親がメディアの犯人視にも苦しんでいる心境を訴え、そして「俺は犯人じゃない」「警察は祖母の周辺者を捜査している」と語るのが掲載された。その発売日当日に、別の親戚が死体遺棄容疑で逮捕された。
週刊誌の仕事の中でも、事件取材はかなり割に合わないジャンルだ。
煙たがられ、罵声を浴びせられ、なんの保証もないまま現場に派遣されて、何とか与えられた誌面を埋めないといけない。
しかも最近は斜陽だ。
それでも、現場や人間のリアリティーを伝えることに、意義がないわけがない。
ときどき、だけど、売れるトップ記事を作りながら、しかも、書かれた人に感謝されることも、ないわけじゃない。
事件取材で培った経験はたぶん、ほかのジャンルに転じてからも生きてくる(だから新聞社では一年生にまず事件をやらせるんだ)。
それは中堅出版社のBで本を出している作家の方からも言われたことがある。
取材旅行で初めて赴いた現場で、呼び鈴を押して一から話を聞き出すのが上手な編集者がいて助かった。そういう編集者は、たいてい週刊誌で記者経験のある人たちなんです、と。
大変な職場だけどね、報われる場面もきっとある。
これから就く人も含め、めげずに続けていてほしい。そう心から願ってます。
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今日も特急あずさの車両で、これをすこし書き進める。ここ数日、日帰りの出張を繰り返している。子ども3人が亡くなっている鹿児島に行くべきかも迷ったのだけど、少なくとも今日はどうしても外せなくて(鹿児島に行ったら、このブログはほぼ終了だ)。
いま自分がどこにいるか知られたくないときには、当然のことながらブログには記してこなかったけれど、知られても構わないときには地名だけでも明かしてきた。すると、他誌の記者やワイドショーのディレクターから電話がかかってくる。
そちらの現場の様子はどないですか
何ページくらいやんの
見出しはどんな感じ
媒体が違っていても、編集部や世間に目くじらを立てられない範囲で、融通し合い、知恵を出し合い、ときには傷をなめ合って、現場で無条件に生まれる連帯感に支えられながら、これまで仕事を続けてきた。
このブログは自分で管理しているわけではないので、1日に何人が見ているのかも分からない。たしか友澤さんが異動になった頃で、1日500人と聞いていた気がする。
感覚的には、週刊誌やワイドショーなどの同業他社が5割、ぼくの個人的な友だちが2割、A新聞社の同僚が2割で、あとが本当に見ず知らずの「世間」だと想像している(そういえば敵対する新興宗教団体がブログの記述を訴訟に提出してきたこともあったけれど)。
こんな一方的なつぶやきを、よく何年も続けてこられたものだ。それも同業他社の仲間たちから電話がかかってきたおかげだ、という気がしている。
この一カ月あまりのうちに書いてきたことは、ほとんど無計画に進めてきたけれど、実はアイデアとしては数年前に一度、浮かんで消えていったイメージに基づくものだ。
事件やりたいんすよ、と志願してくれる後身に、何かの一助となれば。あるいは斜陽の事件報道をささやかながらも影ながらもり立てることができたら。
前編集長と話しながら、自分がいなくなったときのために、事件取材のノウハウを小冊子にして新人のために残しておけないものかね、と(締め切りと強い動機がないと、こういう物事はなかなか成し遂げられないのだ)。
これまで書いてきた中身は、今更ながら自分なりに整理してみると、事件記者の精神論と、技術論と、多少のメディア論に分類できそうだ。
中途半端に途絶えた感のある技術論の続きとして、現場に入ってからの「戦略」の立て方について考えてみたい。
念頭に置く目標には、二つのことが挙げられる。
第一に、地取りでできるだけ多くの人からディテールに富んだデータを集めることだ。
第二に、見出しが立つような「ディープスロート」から話を聞くことだ。
地取りで豊富なデータを集めることは、これまで書いてきたとおりのことだ。
新聞やテレビと同じ人に当たるだけでも、週刊誌記者が集めるデータはだいぶ趣が異なる。思い出せるだけのエピソードを絞ってもらうのは当然として、たかだか容疑者の趣味や服装を聞き出す際にも、週刊誌記者はいちいち質問が細かくて粘っこくなる。新聞やテレビの記者と一緒になると、そう思われて煙たがれることもあるくらいだ。
無差別殺人事件の容疑者として殺人容疑で逮捕された男がいるとして、その趣味が仮に音楽だったとして、彼がどんな音楽が好きだったのか、ロック音楽だとして具体的にどんなアーティストが好きなのか、その中でもいちばん好きなのは誰か、何をきっかけに好きになったのだろう、特に好きだった曲はあるのかな、そこにはどんな歌詞が綴られているのか、ライブに行ったことは、あるいはカラオケで熱唱することは、カラオケのメンツは、そのときの服装は、髪形は、表情は、歌い方は、注文した食べ物や飲み物は……と質問をしていくうちに、ある場面が想起される。
髪は染めず、うっすら整髪料で整えた短髪に黒いメガネ、黒いTシャツの胸元にはオタクにしか分からないアキバ系のネットアイドルがプリントされている、身長は165センチと仲間内ではやや小さめで、タバコは緑のハイライトメーンソール、汗っかきで、ウケ狙いでアニソン(アニメソング)を振り付きで披露してくれることもあるのだけど、最後にカラオケに行ったときは、彼がいちばん好きだと公言していたバンプ(バンプオブチキン)の「ギルド」を熱唱した。その歌詞には、仕事に絶望して孤独を味わっているような、そんな趣旨が綴られていた。
たとえば、これがディテールに富んだ一つのエピソードだ。
また少し脱線してしまいそうだけどね、物事のディテールにこそ、容疑者のリアリティーは根付いている。
殺人容疑で逮捕され、「誰でもいいから人を殺したかった」と供述している男がいる。そう紹介される視聴者にとって、その記号的な「容疑者」はただの狂った「異常者」でしかなかったに違いない。
でも、その彼が歌詞に共感してバンプを熱唱していた姿を浮かべてみる。そこで初めて、ああ、そういうやつね、とおぼろげながら人となりがリアリティーを持って感じられる。異常かどうかはともかく、ひとりの「人間」だと実感できる。
そこで初めて、人間がどのように他者を殺害するにまで至ったのかを真剣に想像してみるスタートラインに立てる。そこから何かを得るかどうかは(優しい気持ちが育まれるかどうかも含めて)、言ってしまえば、あとは読む人次第だ。
話をもとに戻そう。
ディテールにこだわって、データを集めていれば、自然と新聞やテレビとは異なる誌面が作れる。
できるだけ豊富なデータを、凝縮して誌面に盛り込む。見出しはディテールで勝負すればいい。カラオケのエピソードがほかに出ていなければ、「容疑者がカラオケで歌ったバンプ『ギルド』」で通りそうだ。
データを集め、誌面を埋められる。そこまでは週刊誌記者がゼッタイにクリアしないといけない最低条件だ。
そこからさらに高みを狙うのが、見出しが立つようなディープスロートをしゃべらせることができるかどうかだ。
「ディープスロート」という言葉は実際には、事件現場の記者の間ではあまり使われていなかった気がする。代わりになんて言われていたかも分からないけれど、要するに見出しに立つような、誰の目にも「よく知っていそう」と思えるようなキーマンだと換言できる。
「祖父の告白120分」「母親が初めて語る」「親友との犯行直前『一問一答』」とかね、あの類だ。独占の告白や手記(ときには立ち話のひと言でも)であることが大事だわね。
ひととおりデータを集めてから、ディープスロートに挑むのが常、というわけでもない。
最初の段かもしれないし、途中か、もしくは最後に勝負をかけて摑めるものかもしれないし、ディープスロートとの遭遇は、いろんなパターンが想定される。
まずは現場に入る段で、事件の構図を踏まえながら、誰が「ディープスロート」となり得るのかをリストアップしていく。あるいは、取材を進めるうちに浮かび上がってくる人物もいるに違いない。
両親、祖父母、兄弟姉妹、伯父や叔母であってもいい、いとこまで及ぶこともある。それに親友、恋人、元恋人、寮の同居人、等々と想像できる。被害者との人間関係が密だったとすれば、被害者の側にも「ディープスロート」はいるかもしれない(ディープスロートと他の地取りの境界線が必ずしも明確にあるわけじゃない)。
具体的に浮かび上がる相手に対しては、たとえば容疑者の実家に暮らす両親が相手なら、早い段階で当たってみる。
実家の両親が、息子が逮捕された当日だけ報道陣の取材に応じていた。そういう場面はけっこう多い。そこに週刊誌記者が一人でも混じっていれば、かなりのデータを手中に収められるが、新聞やテレビだけに占有され、週刊誌の記者は間に合わずに翌日以降は取材に応じてもらえなかった、というケースも少なくない。
早い段階でまったく取材に応じてもらえなかったとか、取材の過程で浮かび上がってきたキーマンに取材を断られているとか、そうなると締め切りまでに応じてもらえる機会に巡り合えるかどうか、相手が情報を持っていそうなディープスロートであればあるほど、それを虎視眈々と伺うことになる。
実家を取り囲む報道陣の目を盗み、したためた手紙をポストに差し込むこともある。ある編集部では書留郵便で手紙を送る手口を常用しているらしい。報道陣が去ったあとに、こっそり取材相手が出入りするのを張り込んで待ち構えることもある。そうではなくとも、時間をかけて張り込む相手もいる。
そこからが記者それぞれの力量と運に拠るところだ。
誰に対してどのくらいの労をかけるかも含めて、どこに勝負どころを持ってくるかが、取材する人のセンスと情報量が問われるところだ。
同居の両親や兄弟ならともかく、そうではない相手がどの程度のディープスロートなのかを知っておく必要もある。そのうえで相手の、たとえば木曜日の行動(塾があるとか)を知っていれば、勝負どころは次第に狭まってくる。
ディープスロートだけを狙って、何も聞けない日には目も当てられないから、他でしっかりデータを集めておく取材も進めておかないといけない。逆にディープスロートだと思い込んで勝負をかけ、ようやく話が聞けたかと思いきや、実はほとんど知らなかったとか、ほとんど記憶を呼び起こせないとか、すっごく口べただとか、あまりデータを得られなかったという場面もある(それでも見出しに掲げ、記事は他のデータで埋まる、というパターンもありますね)。どのぐらいの比重でどこに労をかけるか、それを振り分けるバランスも大事だし、効率よく歩き回る工夫も必要だ。
厚労省OBが相次いで殺傷された事件で、中年の容疑者が警視庁に出頭して殺人容疑で逮捕されたときには、こんなことがあった。
未明に東京で容疑者が逮捕され、山口県の実家に報道陣が押し寄せ、その日の昼過ぎまでは父親が取材にぽつりぽつりと応じていたものの、それ以降は家に閉じこもり、あとは事情聴取に警視庁の捜査員が出入りするだけとなった。
原稿を作るための最低限の地取りを済ませ、実家のポストに父親宛ての手紙を残し(当たり前のことだけど、手紙を書くには父親の名前を知るところから始まる)、24時間ほどで次の現場へ転戦となった。
たしか京都・舞鶴で起きた殺人事件に新たな進展が起きていたのだけど、転戦先で容疑者宅への家宅捜索の光景を眺めていたときに、山口の父親から電話がかかってきた。
手紙を読んで、話をしたくなったと。
すぐに舞い戻って父親から話を聞き、翌日の締め切りに間に合わせた(同じように手紙を書いていた週刊Bの記者も呼び寄せていたことは、父親と会ってから聞かされた。運も味方についていたのだ)。
何か話したいと思う人も、なかには必ずいるということだ。
あるいは、そうでなかった人にも、話したくなる場面が訪れることがある、と言うこともできる。
そこに遭遇できるかどうかは、現場のセンスが求められるところだ。そして同時に、運の善し悪しに拠るところも大きい。
もうじき新宿だ。
鹿児島に出かけていなければ、また明日に。
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昨夜の張り込みも空振りに終わった。
あーあ。
雨の中を計4時間。待ち人は現れなかった。
3月下旬の金曜日。日が悪かったのかも。
誌面に現れることのない、地道な作業だ。
心が折れそうになるけど、もう時間がない。
フジタくんが週刊誌に戻ってくる頃には、もう俺は現場におらんやろなぁ
似たような言葉を、二人の大御所から聞かされた。
たぶん、いてくれるんだろうな
という気が勝手ながら僕にはしている。
単なる商売に留まらない、続ける意義があるもの。
億劫になる気持ちは、確かに抱えている。
しんどいのが常だ。
事件が起きて、最初に現場へ向かうときの、あの漠たる不安感だ。
誌面が空けて用意されているのに、話を聞ける当ては何もない。
空港に着き、レンタカーに乗り込むときに、自分に言い聞かせるように唱えてみる。
よっしゃ、今週も頑張るゾ
うまく気合が入っているのではなくて、億劫になってチャンスを逃すことのないように、気持ちを押し殺し、ごまかして突っ走るための、切ない鼓舞だ。
成功体験があるから頑張れる。
以前はそうだった。
何かしら特ダネを摑んだ経験が、その後しばらく活力になってくれる。
雨の中で張り込み始めて、もうじき4時間になろうというときに、数カ月前の成功体験が蘇ってくる。
寒さの中で、薄着で震えているうちに、じわじわと胸の中に浮かんでくる。
もう無理だ
どうせ来ないよ
首を横に振って、それを振り払った。かじかむ手で肉まんをちぎって食べ、無心で立っているうちに、ついに待ち人が現れた。
特ダネを摑んだ場面をすぐに呼び起こせるうちは、何とか強気を保っていられる。思い出しながら、目の届く範囲でコンビニを探してみる。験を担いで肉まんを買えたら、昨夜もあと2時間は粘れたかもしれない。
週刊誌の事件報道のどこに、意味があるのだろうと考えてみる。
現場では記者たちが、取材対象者を口説くための「口実」をそれぞれにひねり出している。
具体的な答えに行き当たることもある。何かを伝えることの意味は、ケースバイケースだ。事件ごとに浮かび上がってくることもある。
ただね、お茶の間の好奇に応えて「容疑者の人となり」を伝える行為には、ひとつ、共通した営みが期待できる。
事件や容疑者の「リアリティー」を読む人に感じてもらうことだ。僕はそう理解してきた。
翻ってスマートフォンやパソコンで閲覧するヤフーニュースの記事一覧で、どれだけの人がどの程度の満足を得ているのだろう。
記事一覧は、世間の一行情報だ。
新たな殺人が起きた場所、有名人が発した一言、株価の動向、甲子園第一試合の結果、等々。
それを一画面でまとめてチェックできる。
優れて便利なアイテムだ。
一行情報だけで安心し、満足する層が一定の割合はいるのだろうと想像できる。
そうではなくとも、気になる「一行情報」はクリックすればいい。150字から長ければ800字程度の記事が読める。それで十分だと考える層は少なくないに違いない。
一部のワイドショーと関西だけで受け継がれる特有の文化を別にすれば、新聞やテレビの事件報道は全般的に「記号化」が進んでいる気がしている。
理由はいくつか考えられる。
コンプライアンスを重視し、リスクを取って突っ込むような取材ができなくなっている。伝える紙面にも「リスク管理」が厳しく施されるようになった。「プライバシー」や「個人情報」といった言葉が意味も理解されず氾濫したことも多面的に影響している。取材態勢の効率化や人員編成による問題もある。長い読み物よりも大事なことがコンパクトに詰め込まれた情報が好まれる、インターネット特有の側面が推し進められた結果でもあるだろう。
シンプルな5W1Hに集約されたコンパクトな記事を読んでいると、実に記号的だと感じられる。
どこで誰が誰をどのように殺したかが記され、なぜ起きたかは警察が捜査中だ(以前は容疑者の認否や供述を警察が説明してきたが、それすら最近は裁判員裁判を口実に拒む警察が現れ始めている)。集約すれば、それでおしまい。
島根か鳥取かの違いは、首都圏在住者にとっては関心が向かない。容疑者や被害者の名前がスズキであってもタカハシであっても印象は変わらない。職業が具体的に書いてあれば何か想像することもあるかもしれないけど、最近はあらゆる職種のサラリーマンが「会社員」に収められることが多い。殺害方法が特殊ならクロースアップされるものの、圧倒的に多いのは絞殺か刺殺か撲殺だ。そのうえ動機すら語られないとすると、事件の場所も、人の名前や職業も、ときには殺害方法に至るまで、それぞれが単なる記号の組み合わせのように感じられる。
事件報道の記号化が突き進む先には、他者への「無関心」が横たわっている。
どこかで誰かが誰かに首を絞められて殺されました
それで事件がやり過ごされるとしたら、それは他者への無関心によって支えられていて、同時にその無関心さを増幅させる。
他者に無関心な読者にとっては、事件のニュースは1行で十分だ。そもそも事件が起きている事象が、よほど近くで起きたものでない限り、人の生活に直結して影響を及ぼすこともない。
そうした読者の環境に常に1行のニュースだけが届けられているとしたら、無関心でいる淵はさらに深くなりそうだ。
週刊誌のお客様には、そもそもが他者への「好奇」や「関心」にあふれている人たちが中心にいると考えられてきた。下世話でおせっかい焼きのお茶の間だ。そういう層に支えられているのは間違いないし、これからもしばらくは支えられてくれることを願ってやまない。
他者への「好奇」や「関心」が薄い読者に対しても、週刊誌はお客様を獲得しようと知恵を絞って企画を練る。その結果がおそらく、セックスやお金や健康や美容の特集であり、大学や病院や老人福祉施設のランキングとなって、誌面に反映されてきた。それをきっかけに他者への関心がない人たちも週刊誌を手に取る場面があるとすれば、彼らにも事件や芸能、政治の記事に触れてもらえるチャンスはあるわけだ。
「容疑者の人となり」を事細かく伝える週刊誌の誌面には、容疑者の氏名と年齢のほかに、必死の思いで見つけてきた顔写真が掲載されているのが常道だ。会社員であれば、職種だけでなく、容疑者自身の具体的な仕事内容や立場が描かれ、学生であれば部活や学力に踏み込んでリポートされる。そして、これまでここに書いてきたように、容疑者の家族構成や生育過程にも言及し、過去の発言や行動にまつわるデータを凝縮して提供することを目指している。
事件の大きさや記者・編集者の考えによっては、被害者の人となりもしっかりと押さえるかもしれない。殺害の方法をかなり細かく(えぐく)描き出す手法もある。容疑者と被害者との関係性も、欠いてはいけない要所となる。
具体的で詳細なデータに触れることによって、読者の知る「スズキ」は初めて人格を持ち得る。そこから事件や容疑者の有り様は、もう少しリアリティーを持って感じられる。
容疑者やスズキといった記号ではなく、父親と母親の間に生まれ、育ってきた「人間」が、やはり生を持って生きてきた別の「人間」を、何らかの理由によってむごくも殺害してしまった、そういう容疑で逮捕された人物がどのような人物なのか。そのことを現実味を持って窺い知れるのは、豊富な紙数にデータが凝縮される週刊誌の誌面ならではのことだと思う。
事件報道の「意義」や取材する道理の建前として、「事件の再発防止」を掲げる記者や学者がいる。
2度と起こらないで
そう期待する考えや気持ちは分かる。もっともだ。
警察組織の問題を追及する場面はある。昨年11月に長崎で起きたストーカー殺人事件もその典型だ。すでに新聞やテレビが大きく取り上げている。
被害者の側に立って、事件に遭うのをどう防げばいいのかと、検討することは可能なのかもしれない。公共施設の構造とか、弱い人間が孤立しないような工夫とか、実際に殺人事件が起きた現場では何らかの措置が施されることは珍しくない。
でもね、これまで長く事件を取材してきて、事件から得られる「教訓」が、別の土地の「他人」の日常生活に何か反映されたというのは、あまり聞いたことがない。そもそも、具体的で一般化しうる「再発防止策」が導き出される事例自体が、それほど多いとは思えない。
たいていの被害者は、理不尽に、有無を言わさず、道理もなく被害に見舞われる。そこで「どうすればよかったのか」と検討すること自体が虚しい。
容疑者の側に立っても、状況は変わらない。確かに周囲の「悔やみ」はいくらもある。もっとこうしていればよかったな。家族をはじめ、周囲には悔いがあふれている。でも、だからといって、じゃあ、こうすれば事件が防げたね。そんな明快な答えが導き出されることは、めったにない。
事件が起きる理由には結局、なかなか行き当たらない。そもそも数十行の新聞記事で伝えられるほど、人間の行動は単純なものではないのだろう。だから、事件とは無関係に日常生活を送る他人にとって、他人の事件から何か教訓を得るなんてことが、そうそう頻繁にあるわけじゃない。
事件報道が全般的に再発防止に貢献し得るのかどうかは、ぼくにはよく分からない。
それでもね、自分の日常生活とは無縁の他人の事件について、容疑者の人となりとともにリアリティーを持って「読む」行為には、人それぞれに様々な効果が生まれ得る、と想像はできる。
極論すると、優しい気持ちがすこし育まれることだ。
リアリティーを持って被害者の境遇を想像する。被害者の家族や恋人の気持ちを想像する。容疑者の人となりや育ってきた境遇を想像し、容疑者を囲む家族や周囲が立たされた境遇をリアリティーを持って想像すると、他人にはどうしようもないことなのだけど、それでも、正直、泣けてくる。
東日本大震災の報道を受けて、にわかに「絆」が叫ばれ始めた。そこで周囲や他人への優しさが育まれるのは、新聞やテレビで無数の被害者が紹介されるのに触れ、それが他人ではあっても、関心を持ち、理不尽に家族を奪われるという境遇が圧倒的なリアリティーを持って想像された結果だと、個人的には理解している。
事件にも通じるところがあると思う。
事件報道がやや斜陽となって、事件記事を目当てに週刊誌を買ってくれる人は少ないかもしれない。
それでも自分の週刊誌を買ってくれた人の数を想像してみる。そのうち、事件記事にも目を通してくれる人の数を勘定してみる。そのうちのさらに1割程度の人にでも、理不尽に子どもを奪われた親の気持ちとか、何の前触れもなく息子が殺人事件の容疑者として逮捕された親の境遇とかを想像し、何かしら感じ入ったり考えさせられたりしていただけることがあったとすれば、それは単なる商売に留まらない、立派な副産物(=意義)だと評価できる。ほんの少しでも、ほんの数日の間でも、人に優しい気持ちが膨らんでいたら、なおさらだ。
いくつかの契機があって、そう信じ切ることができちゃった。
そのおかげで、辛くとも続ける意味があるかな、とも思えてくる。
苦労して人を口説くときには、こういう根底にある思いを、いかに伝えようかと腐心する。
その結果がこれまでの誌面に現れている、と信じたい。
これがたぶん、いちばん書きたかったことだ。
ちょっと長くなっちゃったけどね、このシリーズをそろそろまとめないと。
ブログは今月いっぱいできっかり終わるつもり。
あと1週間のお付き合いです。
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八王子
行くつもりだったんだけど、あいにく愛知で事件の取材だ
民放局のニュース番組でバリバリの「一番機」を務める年配ディレクターからの電話だ。この人とも長く付き合っていただいてるのに、東京でお酒を飲んだのはたぶん、同局のアナウンサーの結婚式の2次会、あの一度きりだ。
事件記者同士は、それでいい。
顔写真くださいって、また強引に頼み込んでるんだろうな、そう想像しているほうが気持ちはなぜか安らぐ。
事件記者を何人か集めて激励するつもりが、いつの間にか大げさな「送別会」に変わっていた。
いつもの居酒屋へ向かう途中、店から3軒ほど手前の路地に、深緑色の紙袋を持って立つ男を見つけた。
おっ。
無地の紙袋でも、同業者にはそれが赤坂の民放局のものだと分かる。ビニールコートされていて、けっこう丈夫で使い勝手がいいんだよね。
自然な張り込みを装ってはいるが、中には間違いなくハンディタイプのデジタルビデオカメラが入っている。
そこで思い出される映像がある。
朝8時前後のワイドショーをチェックするのが僕の日課で、今朝は目下話題の占い師の親族が「反論」する様子が流れていた。女性芸人と引き離された占い師の親族が、タクシーに乗って降りたのはこの辺りですーーあのリポート映像に、そういえばこの日の居酒屋の看板が映り込むのを見逃さなかった。
とすると、深緑色の紙袋を持った男は、占師かその親族の潜伏先を突き止めて張り込んでいる、ということが自然と想起される。
後で聞いた話では、その時点で張り込んでいたのは民放局と写真誌の2社だったのが、不思議なことに記者が次々と通りかかっては立ち止まり、やがて報道陣の人だかりができていった。
誰かさんの送別会のせいですよ
と写真誌記者はこぼしていた(ほかにも多くのハプニングがありましたネ)。
居酒屋の座敷には36人(だっけ?)が集結した。事件記者は各編集部やワイドショーの精鋭ぞろい。移籍組の多い週刊Bからは10人超だ。ベテラン組がふたりいる。未来を担う若いのもいる。芸能記者と皇室記者もやってきた。夫婦の記者もいる。ブログを見て駆けつけたという後輩もいたネ。どうもありがとう。
確かに週刊誌記者はしばらくお休みだけど、記者業をやめるわけじゃないし、週刊誌に書く機会はまたあるかもしれない。だから大げさに惜別されるとちょっと不安になるのだけどね、とても楽しい夜で、地方でしか会わなかった同志がたまの東京で飲んでいる光景を見られたことがとても嬉しかった。
幹事のAくん、本当にありがとう。
一人ひとりの顔を浮かべると、それぞれとともにした事件現場が蘇ってくる。
会話の大半が、その類いだ。
あのときは暑かったね、寒かったね、靴がビショビショになったね、叱られたね、やられたね、まさかね、と。
今までもそうだ。
たまに思い出しているだけで、もう少し頑張ってみなさい、と励まされる気になる。
あれはどうしてだろう。
ま、それがなんであれ、みんなありがたい存在に変わりない。
さ、これから最後の張り込みだ。
冷たい雨が降ってはいるけど、今日は大丈夫。
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新聞やテレビの報道部門は、事件の5W1Hを最初に報じるのが鉄則だ。
殺人事件になぞらえれば、誰が、いつ、どこで、誰を、どうやって殺したか、が事件のスジ=大事な本線となる。もう一つのW=「なぜ」は犯行動機や事件が起きた理由で、この解明が最大の課題となる。
週刊誌の場合は、5W1Hを押さえるのは当然にしても、それだけでは新聞やテレビで十分に満たされる。週刊誌がわざわざ事件を取り上げる必要はない。
いま一度、週刊誌の原則に立ち返れば、こちらは毎週1冊三百数十円で買ってもらって初めて(ありがたくも)成り立つ商売だ。その商売を維持するためには、知りたい、面白そう、という消費者の好奇に多少なりとも応える見た目を備えなければならない。
他方の新聞は月4千円前後のセット販売が主たるお客さんの購入方法だ。1日か2日か面白くない紙面があっても、一ヶ月か数ヶ月かの全体として満足度を感じてもらえていれば、商売としては維持できる。
そもそも面白い必要もないのかもしれない。
新聞の報道にはたぶん、世の中の「知る権利」に応えようという使命を帯びる。自負しているだけかもしれないけれどね、そうだとしても、世の中の知る権利を代行するという前提でニュースを取捨選択するとすれば、「国民にとって大事な情報」を優先して伝えることになる。面白いかどうかではなく、国民の生活にとって大事かどうか、どれだけ多くの人に深く影響を与える情報であるかどうかが最大の基準であり原則だ。
週刊誌はお茶の間の「知りたい」「面白そう」に応えられるかどうか、そして読後感に「実に面白かった」「読んで得した」と思ってもらえるかどうか、それが商売として継続するために満たすべき要件で、ニュースの取捨選択に反映される基準でもある。
週刊誌の編集部ではよく、「人を立てよう」ということが言われる。
これは事件に限らない。たぶん伝統だ。
何か世の中の事象を取り上げて報じる際に、その構造や仕組みといった全体像を論理立てて説明することよりも、その中のf「主役」たる人物にクローズアップするのが定石だ。仮に全体像を伝えることが目論見にあっても、誰か主役を立て、その視点で全体像を見渡すなどの手法を選ぶほうが「売り」にもつながる。
たとえば投資顧問会社の年金”消失”事件では、自然と主役に選択されるのは投資顧問会社の社長だけど、社長と親密な仲に映る女性役員にクローズアップするのも巧手だ。たしか週刊Sは彼女の足の美しさを見出しに取っていたネ。
電車の中吊りに並ぶ見出しも同じだ。
年金消失させた手口や問題点を指摘することは大事だけど、社長の経歴とか所有する車や不動産とか、女性役員の持っていた鞄のブランド名のほうが、まずは手にとって誌面を見てみたいと思わせる”動機付け力”ははるかに高い。
事件報道で「容疑者の人となり」に着目することは従来、たぶん商売の適性にも叶ってきた。
いったいどんなヤツなんだ、
という好奇がお茶の間にはあるからだ。
もしかしたら減退しているのかもしれないけれどね、希望としては、これからもどうか存続し続けてもらいたい。
「好奇」と書くと、下世話に聞こえて、単なるやじ馬じゃないかと、眉をひそめられるのかもしれない。
下世話であり、やじ馬根性もある。
それは間違いない。
でもね、もっともらしく言えば、「好奇」というのは「他者への関心」に換言できる、と真剣に考えることがある。
週刊誌の読者層を想像していると、そう思えてくる。
お茶の間や居酒屋のカウンターに座る、下世話でやじ馬根性を抱えた、たぶん世話好きでちょっかい出しのオジサンやオバサン連中だ。女性誌の読者なら、芸能人の話題で盛り上がる女子連中も含まれる。
週刊誌を長く支えてきたのは、他人への好奇ないしは関心の強い人たちだと想像できる。
首都圏で育ち、岩手に赴任した僕は、隣近所でちょっかいを出し合う世話好きの”田舎者マインド”が心地よくて気に入っていた。都心に戻って行きつけになった居酒屋の岩手出身の店主夫妻は、なんでもかんでも立ち入ってくる田舎が嫌になって上京したのだ、と話していた。
どちらがいい、悪いというのではないのだけど、週刊誌の下世話感は、おせっかいな田舎のオバチャンのようだとイメージしてきた。
政治家でも、財界人でも、芸能人でも、あるいは事件の容疑者でもいい。
そうした「人物」へのお茶の間の関心に応えようとして、週刊誌の業界は長く「人を立てよう」と唱えてきたんじゃないかな。
そう想像できる。
他人には興味がない。自分の生活にかかわりのない人はなおさらだ。
世の中がそういう人ばかりになってしまったら、週刊誌や女性誌は今のままでは成り立たない。
どちらに転ぶかはまだ分からないけどね、本当は他人に興味がない人にもお客さんになってもらいたいし、そういう人を摑むための工夫も必要なのかもしれない。
工夫してるんだろうな、みんな。
すでに自分は「古い」部類の週刊誌記者になってしまったのかもしれないな。
ここで書く価値観とかね、これからは通用しないのかもしれない。
そう思うこともある。
それでも、他者への好奇や関心に応える週刊誌が、もしも数が減るとしても、きちんと取材態勢を保って残っていてほしい。
他者への「好奇」や「関心」の先に何があるのだろうと考えるうちに(これまでも真剣に考えてきたのだけど)、その思いはさらに強くなる。
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データ至上主義、って誰が言い出したんだっけ。
ぼくか、週刊Bのあの記者か、どちらかだったように思う。
彼から教わったような気もするし、彼の誌面を見ていて気づいたような気もするし、彼とこんなことを話したことがあるかも分からないけれど、いずれにしても彼とは、週刊誌の事件報道に対する価値観を、かなりの割合で共有できている。そう勝手に思いながら、それをこれまで励みにもしてきた。
ありがたい存在だ。
週刊誌の事件報道は、「容疑者の人となり」をテーマに据えるのが王道だ。
そこで何にこだわるか、ここからが極めて個人的な指針かもしれないけれど、容疑者にまつわる「データ」をどれだけ豊富に盛り込めるか、ということだ。
週刊誌の誌面には、容疑者の家族構成が紹介される。こだわれば、両親の人となりや、祖父母やその先の出生のほか、先生や友人たちなど、容疑者に影響を及ぼした人物がすべて対象となる。
生まれてから事件を起こすまでの経歴はもちろん、その間の種々のエピソードの一つひとつが、容疑者にまつわる貴重なデータだ。
たとえば容疑者のAくんが、小学校3年生のクラス会で、誰も予想だにしていなかったのに、突然に挙手してクラス委員長に立候補した。そこでAくんはこう宣誓した。
そんなエピソードを過去の発言とともに一つずつ聞き起こして集めて回るわけだけど、それらの一つひとつを容疑者にまつわるデータとしてとらえてみる。
その一つひとつのデータ(あるいはエピソード)には、容疑者の人柄が端的に現れる。
それこそ、とても貴重な「報道」だ。そう読者としても受け止めてきたし、取材や執筆の段で意識もしてきた。
事件の報道には、よく容疑者を形容する周囲の言葉が引用される。経験の浅い頃には、ぼくもよく記事で使った。
キモイ、マジメ、優しい、キレやすい、暴力的、オタク、異様、引っ込み思案・・・等々。
その言葉が、ごく親しい人物ーー親とか、恋人とか、担任の先生とか、同級生の中でも親しい友だちとか、そうした人物の発言なら、まだ紹介するに値する価値があるかもしれない。いや、それでも紹介する必要はない、と言うこともできるかもしれない。
優しいかどうか、引っ込み思案かどうかは、人それぞれの主観でしかない。それぞれの価値観によっても変わるし、容疑者との人間関係によっても様変わりする。
中学で成績のいいメガネをかけた少年が、自宅に近所のおとなしい小学生を呼んで戦闘ゲームに耽るうち、思い通りにいかない場面でコントローラーを床に叩きつけた、とする。
少年と学校でしか顔を合わせない不良連中の「評価」と、自宅でゲームをともにした小学生の「評価」とでは、まったく中身が異なる。
不良連中の「評価」が不要なわけじゃない。
大事なのは、いずれも「評価」の前提となっている事実=データがあるかどうかだ。
何の根拠もない「イメージ」では困るけれど、ちょっとした見た目にも少年の人となりは宿る。
どんな髪型か、整髪料は使っていたか、どんなメガネか、制服の着こなしは、肩にフケがたまっている? 靴の種類は、かばんのつぶし方は、周囲との人間関係は、そして不良が声をかけたときのリアクションはどうだったのか。
事件記者がよく使う導入として、
どんな人でしたか
と質問することがある。
実に抽象的で、相手が答えに窮することもあって、ちょこっと恥ずかしくなることもあるけど、人間関係やとっかかりが掴めないときには、けっこう便利な問い方だ。
そこで「マジメ」とか「優しい」といった評価が出てくれば、どうしてマジメだと思うのか、こいつはマジメだなぁと思うような場面が何かあったのか、人に聞いた話も含めて、その根拠となる事実=データを導き出せばいいからだ。
関係者の証言は、もしかしたら「事実」と「評価」に分けられるのかもしれない。繰り返しになるけど、「評価」が不要というわけじゃないからね。同級生の女子が「キモイ」と言うのも、引いてみれば、「女子にキモイと思われていた」というデータと捉えることもできる(キモイと思った前提とか、それを本人にぶつけたことがあるかと気にはなるけどね)。大事なのは、事実と評価とを分けて理解する意識かもしれない。
データにはたぶん、大事なものから、大事じゃないものまで、それぞれに評価はできる。
事件に関連があれば(凶器となるナイフをいつからどんな理由で買っていたかを現すエピソードとか)、それは取り上げる優先順位の存分に高いデータと言える。
かといって、事件とかかわりのないデータも、容疑者の人となりが現れた内容であれば、それも取り上げる価値の高いものだと思う。
証言者の「価値」は、比較できるかもしれない。
容疑者とどれだけ身近な距離で接していたのか、それによって証言の内容が自ずと濃くなると期待はできる。
容疑者の家族も含め、本当に身近にいたと類推できる人物を口説きたいときには、ぼくはこの話をまんま伝えるように試みてきた。
Aくんのことをよく知らない同級生や先輩・後輩の証言はいくらか聞いてきたけれど、それよりも、Aくんの姿を間近でご覧になってきた方のお話を、もしも聞かせていただけるならば、そのまま紹介したいと思います。それで事件の起きた理由が分からなくてもいい。まずはAくんがどんな人なのか、いいとこも、悪いところも含めて、ありのままに知りたいだけですから
このとおりだと、実際に思っている。誌面は自分が握っているし、取材に協力してもらえたら、相手に約束したことはたいてい果たせる。とりわけ新聞やテレビが誤ったイメージを膨らませているときには、「本当は違うのに」と思っている家族や親友の思いを、きっと週刊誌が汲める。利が一致して感謝されることもある。
ただね、豊富なデータが得られるかどうかは、こちらの聞き方の技術にも拠るし、証言者の性質に拠るところが大きい。
当然といえば当然のことなんだけど、どんなに身近で接していても、交わした会話がほとんど思い出せない、服装はどんなだったかな、食べ物の好き嫌いなんて知らないよ、とひねりひねってもなかなか思い出せない人はいる。
逆に不思議なもので、さほど親しい間柄でもないのに、昔のことを詳細に覚えている人が一定の割合でいるものだ。10年も前に容疑者が所属していた部活とか、務めていたクラス委員の仕事とか、使っていたキーホルダーのブランドとか、どうでもいいような会話の中身とかね、貴重な「データ」を豊富に提供してもらえることが往々にして起こる。
「容疑者の人となり」を掴ませるには、できるだけデータは多面的であったほうがいい。
学校での様子を詳しく知りたい。人によって、垣間見た場面はいろいろだ。家庭での様子も詳しく知りたい。家族と近所の小学生に見せる顔も異なるはずだ。
事件が起きる理由は、単純じゃない。
育児に苦労した果てに子どもを投げ出すわけじゃない。虐待された体験がきまって連鎖するはずがない。不良であることが人の痛みを分からない理由にはならない。ましてキレやすいといった他人の評価は、事件の起きる理由を真剣に考えるための参考にはほとんどならない。
人の性格だって、単純じゃない。
ひと言で説明することは、あまり意味を持たない。
性格に基づいて取られた行動(エピソード)のほうが、こんな人かな、と想像させる力を持っている。
特に、その中の機微が大事だ。
週刊誌の業界では、ディテールを大事にしよう、と声を掛け合っている。
そこに、らしさ、が宿るからだと、今になって思えてくる。
らしさ、を集めて知ることによって、初めて、事件が起きた理由についても、もしかして……とリアリティーを持って想像できるんじゃないかな。
紙数の豊富な雑誌だからこそ、適えられる事件報道の有りようがある。
濃密なデータを、できれば網羅的に、どれだけ凝縮して豊富にギッシリと詰め込めることができるかどうか、それが週刊誌の事件報道の価値を左右する。
偏った好みだと言われるかもしれないけれどね、そう思うんだ。
豊富なデータを提示して、そこからは読者が思考する。
コイツは本当に変わってんな、
とか、
こういう人ってよくいるわね、
とか、
あれ、ウチの息子ソックリ!
などと、お茶の間のおばちゃんに「評価」してもらえたらいい。
見出しは掴みだ。
見出しで掴んで、できるだけ多くの人に中身を読んでもらう。
そこに豊富なデータを用意する。
そこで読む人が何か、感じたり、考えたりして「得した」と思ってもらうことができたら、この仕事の存在意義が初めて見え隠れする、気がするんだ。
昨夜は久しぶりにTBSドラマ「運命の人」を最後まで見たのだけど、出てくる週刊誌記者がすっごい悪い役柄だったなぁ。
ま、あんなふうに世の中には思われているんだろうね。
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事件にかかわる情報が集中するのは、言わずもがな警察だ。でも、一課モノの場合、この警察が有する捜査情報で「特ダネ」を打つのはなかなか難しい、という前提が週刊誌にはある。
各都道府県の警察本部には、新聞やテレビの記者で記者クラブが構成され、さらに担当記者は日ごと県警幹部の自宅を訪ねて信頼関係を築き、情報を集めて回っている。
何か事件がハジけた時には無論のこと、日頃の信頼関係を生かして夜回り(聞く話だと最近は携帯やメールも駆使)して、抜いた抜かれたの競争に勤しんでいる。死亡の推定時間は、凶器は、殺害方法は、両者の人間関係は、と一ネタごとに日々、しのぎを削って紙面を作る。
その土地を初めて訪れる週刊誌記者が、その中に混じって競争できる由がない。後を追いながらも、新聞やテレビでは報じられない何かを特報するには、地取りで勝負するしかない。
だから、地取りこそ週刊誌の生命線、となるのだ。
大事件ともなると、新聞やテレビも地取りに記者を大量投入してくる。そこに一人や二人の記者で勝負を挑むのは、なかなかしんどい。
ただし、勝機はある。
こちらには、なんとしても誌面を埋めないといけない、という「必死さ」がある。しかも、ただ埋めるだけではなく、商品として売り物になる出来栄えが求められる。にもかかわらず担当は自分ひとりだ。自分が何も取れなければ、誌面は白紙にもなりかねない。それはもちろん許されない。絶対に何かを聞いて集めないといけない。これはゼッタイだ。
そういう境遇だからこそ、週刊誌記者は粘る。そして食い下がる。自分の立場をわきまえたうえで、訪問販売の営業マンよろしくペコペコお願いする。
うるさい思いをさせてまして本当に本当に申し訳ありません! ただ、どうしても一つだけ知りたいことがありまして。
などと言いながら身を寄せる。質問は一つで終わらせない。必死で次の質問をひねり出す。
同じ内容でも質問の仕方によって、得られる情報も変わってくるものだ。時間を空けて「もう一回ききますけど」と同じ質問を投げるのも意外に有効だ。
週刊誌記者の「力」の差は、この粘り具合で変わる。
特ダネを摑むベテランの先輩たちは、この粘っこさがずば抜けている。
ネタを抱えている人とは、とことんじっくりと向き合おうとする。その人が抱えている情報を、すべて絞り出してから、そこで得た「次の当たり先」に移る。食い込めていれば、紹介してもらえるかもしれないしね。
ベテランじゃない記者は、どうしたらいいのだろう。
たとえば30分ほど聞いて、なんとなく聞き尽くした気になったときに、言葉をつなぎ、聞き足りない問いが残っていないかどうかを頭の中でがんばって検討する。それも粘り方のひとつだ。
というのも、そのときは聞き尽くしたと思っていても、必ず、あとになってから「これを聞いてなかった!」と思い至ることになる。思い至ったときに、その取材相手と再び連絡が取れる、話を聞けるという保証はまったくない。
事前の準備に時間をかけられるインタビューとは異なる。事件取材はその場あたりの勝負がほとんどだ。これはたぶん、やがてベテランになったとしても変わらない。聞き足りなかった分量が減ってくるだけで、ゼロにはならない。ゼロにはならないのだけど、でも、少しでも聞き足りなかったことを減らせるように、取材相手に行き当たったその場で粘る。言葉をつなぎながら、まだ聞き足りないことはないだろうか、と必死に質問を絞り出す(頭がくたびれるけどね)。
この辺りに、週刊誌記者の勝機は拠って立つ。
新聞社の編集部門は「減点主義」に傾向している、と評価されることがある。そうだ、と感じる場面は確かにある。
それは、特ダネを取ることで評価される度合いよりも、ミスを犯して減点される度合いのほうが大きい、ということだ。
頑張って特ダネを摑むよりも、隙を作らずに抜かれない構えを強固にするほうが褒められる。
事件取材に当てはめれば、当事者の囲みを逃すことがまずは恐ろしい。だから、現場の動向はきちんと視野に入れておきたい。
そして、多少の無理を踏み込んでまで「独占告白」を摑むことよりも、揚げ足を取られて支局や本社に苦情や抗議を申し立てられるほうが辛い。こういう立場に立たされると、自ずと粘っこさよりも無難さが求められる。
極端な言い方かもしれないけれど、呼び鈴を鳴らし、返事がなかったことを、丁寧に取材メモに起こしてキャップに送信すれば、それで新聞記者としては合格点だ。新聞紙面を埋める材料は、ほかにも待っている。
でも、週刊誌記者としては、何かしらリアクションを取れない限りは誌面が埋まらないわけで、すべてゼロ点だ。聞けないなら、何か誌面を埋めるだけの代案を持ってこられないと、その週は記者失格だ。
そういう違いも相まって、地取りでの一対一の勝負ならば、週刊誌記者が新聞記者に勝る可能性が高い。
ただし、粘りっこさで比較するなら、在京キー局の記者や情報番組のディレクターには、おっかない輩が少なくない。何がなんでも一コメントを、顔写真を、という必死さがある。加えて、即応するスピード感もある。これが驚異だ。
テレビカメラに収めないといけない、というのがハンデにはなってはいるのだけど、10年前に比べると、とりわけ情報番組の事件報道が、かつては週刊誌の独擅場だった手記取りや卒業文集などのブツ取りに早い段階で突っ込んでくる傾向がある。それで1日、2日でさっと撤収されても、それを追い越すのはなかなかしんどいんだ。これもまあ、宿命だけどね。
このブログも、あと15日だ。
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現場に出て聞き集める内容は、ざっと二つの要素に大別できる。
一つは、そのまま記事に反映される「直接証言」だ。
容疑者と面識はありますか。もしくはご存じのことが何かありませんか。そう聞きながら、取材相手が直接に見聞きしたことを、ときにはカギカッコに入れて使う証言として、ときには地の文に織り込む材料として、集める。面識のある人ならば、その人が覚えている限りの場面やエピソードを絞り出してもらう。本人や家族から直接に聞いた「容疑者の経歴」もここに含まれる。
もう一つは、その後の取材の参考となる「間接情報」だ。
容疑者と親しい人をどなたかご存じないですか。このあたりに同級生はいませんか。そう聞きながら、さらに誰かネタを持っていそうな人を探り寄せる。容疑者が出入りしていた店や「噂」の類いもここに含まれる。どうやら3丁目あたりのアパートに愛人がいるらしいよ。こういう魅力的な話を囁かれると、自ずと3丁目へと向かうことになる。
ついでに触れておくと、引っかかりのある情報は、常にその情報が誰から得たものであるのかを確認する。
直接に見聞きしたことならば、その相手がウソつきでない限り、相応の事実認定ができ、そのまま記事で紹介できる。
間接的に見聞きしたことならば、その相手が誰から聞いたものであるかを知り得れば、その「情報源」に当たることによって事実認定できるかもしれない。
容疑者が赤いコートの女と並んでコンビニに入るところを見た、と友人のAが話していました
この辺の情報がデリケートで、そのまま使うのが憚られるレベルだ。
基本はAさんを紹介してもらうか、情報源を明かさないと約束したうえでAの所在を教えてもらうか、そうしてAさんに直接、確認しに行くことだ。
なぜかというと、間接証言はどうしても「正確」ではないからだ。
往々にして起きることは、いざAさんに会ってみたら、
あれは私が見たのではなく、駅前の居酒屋の店員から聞いた話ですよ
と返ってくることだ。
ああ、あの女性は容疑者の妹ですよ
というオチで終わることもある。それでもコンビニで何を買っていたかが分かれば、一ネタになるかもしれないけどね、いずれにしても「情報」一つひとつの「情報源」にしつこく言及する。どこに誤解やウソが混じっているか、分からないからね、引っかかって失敗しないように。
ちなみに「情報源」の分からない、あるいは教えてもらえない「情報」も少なくない。あるいは、話し手の「情報源」が分かっていても、その間のやりとりすら「根拠のない噂」として語られていることもある。そこで深追いするかは中身次第だけどね、情報源には当たらずとも、容疑者の周囲で改めて聞いて回ることはできる。
新聞の地方版の記事の片隅に載った数行の記述からスクープが生まれるように、こんなの参考にならないかもしれないけど、と取材相手が最後に付け加えるような噂話を掘り下げた先に何か大きな真相が待っている、かもしれないよ。
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事件の取材が決まったら、まずは現場へ向かうことだ。とりわけ発生の直後であれば、迷うことはない。
容疑者が捕まっている状況ならば、たいていは容疑者宅がいちばんの「中心地」となる。早い段階であれば、その早い段階で周囲が興奮し、勢いよくしゃべってくれる状態のうちに証言を集めておくほうが後が楽になる。
容疑者宅というのは不思議なもので、容疑者をよく知っている人が様子を見に来ることがしばしばある。それを単独で見つけることもあれば、みんなで囲んで取材をすることもある。いずれにしても、向こうからしゃべり手が近づいてくるのは、どちらかと言えば初期の段階のほうが可能性が高い。
現場や容疑者宅はどうやって知り得るのか。
ズルくなってくると、同業者に尋ねて教えてもらうこともあるのだけど、そんなことはしなくとも、速報している新聞やテレビのニュースサイトを頼りに、行けるところまで行けばいい。そこで近所の住人に聞くとか、タクシーを見つけて運転手づたいに同僚らに聞いてもらうとか、あるいは現地でマスコミらしき人を見つければ、頭を下げて教えてもらえばいい。
事件から数日が経っている場合には、どうだろう。
10年前に教わったことは、新聞のスクラップをスポーツ紙や夕刊紙も含めて完璧に作っておくことだ。これは以前に紹介した「尊敬する先輩」の、二人が同じようにやっていたことだ。
今は日経テレコンやニフティーのデータベースサービスがある。地方版も読ませてくれるので、これで読める範囲は利用したらいい。ただ、いまだに直近の数日が載らない場合がある。たぶん新聞によって更新されるタイミングが違っているので、それを踏まえて直近の新聞は自分でコピーしたほうがいい。
これは現場に行ってからも同じだ(と僕は思う)。
携帯やスマートフォンのヤフーやグーグルのニュースサイトで検索し、それで済まそうとする人がいる。というか、ぼくもしんどいときには、ついニュースサイトに頼ってしまっていることがある。それは認める。
でも、ニュースサイトの記事って、短く割愛されている部分がけっこうあるんだよね。とくに事件報道が強い読売とか。
だから、ホテルやコンビニで新聞は全紙、買い集めるよう後輩には教える。
一つの事件について、何が報じられているかを、網羅的に把握している記者はけっこう強い。
たぶんインターネットで割愛されている部分には、新聞や通信社なりの「ディテール」が含まれていることが多い。そのディテールこそ、本来は週刊誌の領分だ。新聞に載った、小さなディテールを、さらに掘り下げた先に、面白い何かが隠されている、そんな場面は少なくない。
8年ほど前、奈良で起きた殺人事件で、年末に逮捕された容疑者の取材をしていたときのことだ。産経新聞の奈良版の紙面の片隅に小さく、こんな記述があった。
〈地元の有力者が祈禱師に頼んで犯人捜しをしていた。その祈禱師が『メガネの男』と(結果的に)言い当てていた〉
東京では報じられていないはずのこの情報に飛びつき、取材を進めていくと、「有力者」なる人物が実は暴力団の大幹部だとわかった。さらに取材を進めるうちに、この暴力団とかかわりのあるデリヘルの女の子が容疑者に呼ばれ、2度も殺害現場であった自宅に上がり込んでいたことも摑んだ。そこから女の子にたどり着くまでに時間はかからない。地方版の小さな記述がとびっきりのスクープに繫がった好例だ。
この10年で劇的に取材の効率を上げたのは、スマートフォンとカーナビの登場だ。
10年前には、必ず道路地図を買うのが恒例だった。地番まで載っていない地図を頼りに、目当ての家を探すのは相当な労を要したはずだけど、当時はそれが当たり前だった。
自宅には数年前まで、あと数冊で全国分がそろうほどの冊数が積んであった。こちらは一軒の家を訪ねるのが目的だから、次第にこだわりが出てくると1県につき2冊も3冊も買うこともあった(温泉記者なら「るるぶ」も一緒に買っていた)。
あの地図群をごっそりと捨てたのは数年前のことだったと思う。
まずはカーナビだ。
経費削減のため、地方の事件取材ではレンタカーに乗ることが多い。そのレンタカーに装着されたカーナビが、この10年でどんどん進化してきた。初めはカーナビが付いていたり付いていなかったり。そのうちぼんやりした地図だったのが一軒ずつピンポイントで住所地まで案内してくれるようになった。それが今では当たり前で、大半のタクシーにカーナビが装着されるようになったのも、ここ数年の出来事だったと思う。この機能が相当な労を省いてくれた。
スマートフォンに付いてくる地図機能も同じように働いてくれているが、それだけじゃない。
インターネットで飛行機やホテルの検索、予約を行い、幾時間も張り込む間にはニュースサイトがチェックできる。言わずもがな、ITの進化でぼくらは相当な恩恵を受けているのだね。
要は新聞記事のスクラップさえできたら、あとは身ひとつで現場に行ってみることだ。
何か取れるのか取れないのかと、ぼくの経験では、現地に向かう移動の時間がいちばん不安に苛まれる。
でもね、たいていの仕事は何とかなるものだ。
とりあえず行ってみる。
たとえ無駄でも、それも仕事のうちだ。
とりあえず行ってみる。
そういうマインドを持っているといい。
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ここからは紙数をすこし費やしながら、ある地方都市で殺人事件が発生したとして、そこから誌面化に至るまでの流れを記していきたい。
事件の発生は、記者づてに連絡が入って知らされることがないではないが、たいていは新聞やテレビの報道で初めて認知する。
記者によっては、携帯やスマートフォンのニュースサイトをまめにチェックする人もいるらしい。
時事通信や読売新聞などは、1日に決められた回数の「メールニュース」を流してくれるサービスを有料で行っている。
ぼくは時事通信のニュースサービスを買ってきた。朝刊と夕刊の配信が基本だが、大きなニュースがあるときには「号外」として随時、流してくれる(最近はめったにないけれど、この「号外」で殺人事件の一報が入ると、たいていが「すぐに出発」と判断される内容だ)。
日本で1年間に発生する殺人事件は1千件あまりだと言われている。その全てが取材対象となるわけではない。むしろ最近は事件報道の斜陽化で取り扱う数が限られてくる。
どのような事件を取り上げるべきなのか。
どちらかと言えば、これは記者の仕事というよりも、編集長やデスクが判断することだけどね、でも、現場から「これやりましょう」と声を上げる記者がいるほうが健全な職場だと言える。あえて言及しておきたい。
思いつくままに書いていくと、最初にまず検討するのは、事件の特殊性だ。
新聞記者の新人研修で、犬が人をかんでもニュースにはならないが、人が犬を嚼めばニュースとなる、と教わったような気がする。実際は人が犬を嚼んでもニュースにはならないだろうけどね、容疑者が特別に地位の高い人やまだおどけない子どもだったり、殺害の方法に尋常ではない残忍さや異常性が伺えたり、殺害の動機がビックリするような内容だったりーーそれは、人に、なぜだ、と思わせるような「謎」がどれだけ大きいか、という要素にも置き換えられるかもしれない。
そのほかに、無条件に取り上げる必然性が高まる要素が二つ、ある。被害者が無垢な子どもである場合と、男女のいざこざが事件の背景にある場合だ。
前者は(とりわけ他人の子どもが被害者だと)問答無用でわき上がる「怒り」から生まれる「どうして?!」という疑問が生まれるからで、後者はたぶん世間に「もっと知りたい」と思わせる好奇があるからではないだろうか。
加えて、週刊誌の場合には、それが掲載されるタイミングも考慮に入れる。
週刊朝日の場合は、土曜日が締め切りで、火曜日に本誌が発売される。
金曜日の朝に認知した事件の場合には、取材する期間が1日半しかないけど、認知から4日後には関連記事を掲載した本誌が売り出されることになる。
逆に日曜日に事件を認知した場合は、その記事が世に出るのは9日後のことだ。
前者が発売されるうちは、まだ世間の記憶に関心を持って残っている時期かもしれない。後者が発売される頃には世間の記憶から事件が薄れ、よほどインパクトのある特ダネが載っていない限り、それをわざわざ買って読もうというお客様は少ない。
事件の報道はこの10年間のうちに、どんどんどんどん「消費速度」が早まってきている。あわせて事件一つひとつの「賞味期限」が短くなっている。
いくつか要因はあると思うのだけど、大きな理由の一つは、テレビの報道や情報番組の動きがとても速くなっていることだと思う。
10年前は、報道陣が全体的にもう少しのんびりしていた印象がある。
初日は警察発表の内容だけが報じられ、次の日になって近所の談話が紹介され、数日たって卒業アルバムの写真や書き込みが、また数日して初めて動機が語られる・・・事件の重大性やお茶の間の「引き」があることを徐々に認知していって、それにあわせて報道が展開していく。そんな記憶がある。
でも、今は情報番組が取り上げると決めたら、初日で行けるところまで一気に突っ走る傾向がある。
警察発表の内容に近所の談話、同窓生の証言とあわせ、卒業アルバムの写真やメッセージまでをワンパッケージで初日のうちに届ける。
事件の規模によっては、そこで取材はおしまい。次の日には違うラインナップが用意される。
視聴者のニーズに応えたものだと思うけどね、週刊誌の立場としてはちょっと辛い。
情報番組が盛り上がっているうちに、テレビにも載っていないような特ダネやディテールを盛り込んでリポートすることが、以前は週刊誌の醍醐味の一つだった気がするのだけど、そもそも情報番組が数日にわたって取り上げる殺人事件の数がだいぶ限られるようになった。
逆に無思考のまま検討するなら、情報番組が幾日も取り上げるような事件はそのまま週刊誌でも取り上げる必然性が高まる、とも言える。お茶の間がこの事件にどれだけ関心を持っているかが視聴率によって計られる。その根底にあるのは「謎」がいかに大きいか、だからだ。
この事件を取材して誌面で取り上げよう。
そう決まってからの準備については、また明日に。
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昨年4月、後輩から頼まれたことがある。
地震が起きてから現場に入るまでの経緯を、メモでもらえませんか。
そのときのメモを、そのまま載せてしまいます。
あの日、編集部で確定申告の書類を作っていた。
もっと早く済ませていればいいものを、2月から事件が相次いで急に忙しくなっていた頃だ。
震災の1週間ほど前にも、熊本では女児殺害事件の容疑者が逮捕された。
これは「とんでもない事件だ!」と熊本に飛び出したはずだけど、数カ月たった今となっては、すっかり記憶から薄れてしまった感がする。
熊本から帰京して、朝から確定申告の書類を作っていたのが3月11日。3月15日必着だから、今日中に出すしかない。
編集部が揺れに揺れて、書類が雑然と床に散ったところから、一気に作りかけの税務書類をまとめに入った。本来なら経費に充てる領収書をコピーして送るところを、そのままホッチキスして封筒に放り込み、いい加減な計算を打ち込んだ書類とともにポストへ放り込んだ(それで余計に税金を払うのは自分だけど)。
新潟で起きた2度の地震を、自分の経験則として思い出していた。
1度目は地震から数日後、入山禁止となった山越村にカメラマンとともに侵入し、寝袋と食糧を担いで泊まりがけの取材を敢行した。
2度目は地震と同時に新幹線に飛び乗った。長野駅でレンタカーを借り、大量の水とパンを買って被災地に向けてひた走った。その水とパンが被災地で大いに喜ばれたのも覚えている。住民たちと車を並べ、幾日も車中泊をするうちに漂った靴下の酸っぱい臭いも記憶している。
電気が復旧する日数や新幹線が走り出すタイミングも、自分の経験則から推し量った。こちらはまったく参考にならなかった。
確定申告の書類を作っている間に、編集長からは声がかかった。「ぜんぶ任せるから、後輩ふたりを連れて行ってくれないか」。それも承知でいま頑張ってるよ、と心の中で叫んで頷いてみせた。
東京・築地から自宅まで歩いて帰った。これが約2時間ほど。すでに日が暮れたあとの東京の光景は、知る人もたくさんいるだろう。たくさんの人が都心を歩き、見る限り酒場も盛況だ。非日常を楽しんでいる、正直、そう見えた。このときはたぶん、被災地がどれほどの被害に遭っているかを、想像できていなかった。
自宅に戻り、東北新幹線の復旧が難しいのを確認してから、飛行機の便を押さえた。朝6時台の庄内空港行きを2席、7時台の三沢空港行きを1席。遅い便を後輩に譲った。
タクシーが偶然に捕まったのが午前5時過ぎ。徹夜で走り、タクシー待ちの乗り場で知り合ったサラリーマンたちを送って回り、最後の家でお茶をご馳走になったと、運転手が語った。これもニュースだと取材メモに書き留めたが、一文字も使うことはなかった。
空港には前夜からの大勢の客でごった返していた。飛ばなかった便もあると聞くが、庄内行きは時間どおりだ。現場で顔なじみのテレビリポーターも同じ便に乗った。お互い気仙沼を目指すというので、赤外線で連絡先を交換した。内心、彼女の大ファンだったので、これはだいぶ励みになった。
3月13日の早朝の段階で、衝撃的なニュースがいくつかあった。今となっては誤報や誤解もかるけどね、当時は火に包まれた気仙沼の市街地、200体の遺体が見つかったと報じられた仙台市若林区の荒浜地区、それにNHKで津波の映像が生中継された名取市だ。南三陸や陸前高田の被害が知れるのは、そのあとのことだった。
庄内空港でレンタカーを借り受けた。停電でクレジットカードが使えず、返却時の精算にしてくれた。庄内市内で水とお菓子をたんまり買い込んだ。パンはすでに売り切れた後だった。
通行止めの高速道を避け、山形まで3時間、仙台まで2時間半で、若林区に着いたのが午後2時過ぎだった。
水にのまれて命からがら逃げてきた人たちに話を聞いた。家族を失って呆然とする人たちにも。この時点でも一大事だと分かっていたが、話を聞けば聞くほどに、途方もなく「被害」が膨れあがっていく。
気仙沼を目指して海岸沿いを走ったものの、至るところで道路が寸断されていた。引き返しては内陸の迂回路を探す。人を見つけては止まって見たものを聞き、土台のない家が浮遊するのを見つけては写真を撮った。
石巻の赤十字病院に着いたところで、日が暮れた。心許ない自分の経験則では、役場に設けられる「対策本部」で情報を集めるのが初期段階の鉄則だが、設置されるはずの市役所自体が海のお堀に囲まれていて近づけなかった。
石巻は1月に起きた殺人事件の取材で2週にわたって歩き回った場所だ。特ダネも打ったし、友だちもできた。飲み歩いた中心市街地もすべて水没していた。
ウィルコムの電波が繫がったのは仙台市内だけで、他はどこも不通だ。取材の効率を考えれば車中泊を選ぶ場面だけど、後輩ふたりを見る役もある。大人になって仙台まで戻ることにした。
会社が用意してくれたホテルに泊まった。電気は復旧したが、風呂はナシだ。
翌朝6時に起きてガソリンスタンドに並んだ。まだ半分ほど残っていたが、満タンにできなければ被災地との往復は心許ない。
スタンドが開いたのが朝8時。自分の番が回ってきたのが正午過ぎ。入校は翌日の夜。デスクに「今夜は泊まってくる」と伝えて出発した。
南三陸に着いたのは午後3時半。海から8キロほど手前の国道からは、車が通れない状態だった。
両親を捜しに来た男性に町の解説や思い出を語ってもらいながら、とぼとぼと瓦礫の合間を1時間ほど歩いた。あそこが合同庁舎で、あそこが消防署で、と男性が指さす先は、今や瓦礫の山でしかない。町が見渡せる橋の上まで来たところで津波警報が発令され、そこで引き返すことになった男性からは伝言を預かり、無事だった両親にその日の夜に伝えられた。
志津川小に避難した被災者へ取材するうちにこの日は終わった。深夜に総務課長から聞いた話は本誌に書き、夜から朝までのルポをアサヒグラフに寄せた。ほかにもたくさん話を聞かせてもらったが、それらを書く機会はなかった。
夜は寒くて眠れなかった。ストーブの前でウトウトするうちに夜が明けた。朝6時の夜明けとともに、避難所の人たちも動き出した。
車がないから、町を歩いて回った。家族を捜す人がたくさんいた。食糧の確保や避難場所に追われる人もいる。遺体を掘り起こす場面にも立ち会った。消防も自衛隊も活躍している。新たな話を聞き、場面に遭遇するたびに、何がニュースなのか分からなくなっていく。そのことはその後も悩まされることになる。
車のトランクにバールを叩き付ける男性がいた。中に免許証があるという。この男性が流された家のベランダで妻と抱き合って励まし合い、家が漂着した先で助かった話を聞き終えたときのことだ。午前11時過ぎ、高校の高台にいた消防団が叫び始めた。
津波が来るぞ!
早く丘に上がれ!
ラジオも無線もなく、携帯が繫がらない状態で、津波から逃れて避難するのは、これがもう幾度目か。高台に続く階段を男性と上り、ぼんやりと海を眺めていたときに、今度は京都の消防隊員が高校の校庭で怒鳴り始めた。
急いで屋内に入って!
原発が爆発した!
福島第一原発3号機の水素爆発であったことは、だいぶ後のこと、仙台に戻るレンタカーのラジオで初めて知らされた。
消防隊員の絶叫にただならぬ雰囲気を感じながら、被災者と高校の校舎に入った。
ここは救護室として使われていた。すぐ丘の下の老人福祉施設が津波に襲われ、少なくない患者や看護師が犠牲になったと、朝のうちに取材で訪れた場所でもあった。
町の住民と消防隊員や宮城県警の警察官が、ところ狭しと廊下に立ち尽くす様子を、ためらいながらもカメラで撮って回った。備えてあったマスクをみんなが装着した。
携帯ラジオに耳を当てても、電波が悪いようで聞こえない。警察と消防のそれぞれの無線だけが、ここでは頼りだ。
事態はさらに緊迫する。情報を独占する消防隊員から、新たな指示が出た。
急いで窓を閉めて!
カーテンも!
救護スタッフが2階、3階へと駆けてゆく。
天気がよく、風の強い日だった。
放射能はコンクリートを通りにくい。
そう解説する人もいた。そのうち、無線を操る警察官の近くにいた女性が、ぼそりといった。
爆発したの、女川の原発だって。
それからしばらく、その場の廊下で沈黙が広がった。たぶん、怖くて誰も聞き返せなかった。女川までは車ですぐの距離。きのう地図で見たばかりだ。
しばし考えた。
最初に浮かんだのは、締め切りまでに原稿を送れない悔しさだ。ガソリンを費やし、ここまで来たのに、このままでは除染に時間がかかって帰るのがいつになるか分からない。
そのあとで自分の体を考えた。死期が早まる可能性を想像した。でもね、幸せなことに、十年あまりの記者人生を振り返って、自分で選んで進んできた道だ、仕方ないじゃないかと覚悟が決まった。目の前の惨状にも影響された。
そこで改めて警官に尋ねると、
いまは混線して通信できないが、少なくとも当初の情報は福島の原発だった
と返ってきた。
看護師たちの証言を聞くうちに12時10分過ぎ、屋内避難の勧告は30分ほどで解かれた。
警察や消防とともに、一列になって丘を下った。
午後の取材を終えてから、夕刻に南三陸町を後にした。
これが長く続いた震災取材の、最初の一歩だった。
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